小説 | ナノ

外から部屋に戻ったら、顔を真っ赤にした左近が慌てて何かを後ろに隠した。
そのいかにも怪しい行動に俺の好奇心が疼く。

「何隠したんだよ左近。」
「いや、別になんでもっない!」
「そんな顔真っ赤にして、なんでもないわけないだろっと!」
「おいっ、やめろっ!」

俺は左近の後ろに回って隠された「何か」を取ろうとするが、左近も必死に取られまいと逃げまわる。

「…なんだよ左近、そんな逃げることないだろ。ま、そんなに見せたくないんだったら、別にいいけどさ。」

一旦立ち止まってそう言うと、左近があからさまにほっとした表情をした。

「…隙あり!」
「あっ!」

その一瞬の隙をついて、左近から一枚の紙切れを取り上げる。

「三郎次っ!卑怯だぞ!返せ!」
「隠そうとするから気になるんだよ。えーと。なんだこれ。川西左近さま、本日申の刻、火薬庫裏にてお待ちしています。花岡花子…て。」

手紙から左近に目を移すと、左近はさらに顔を赤くしてしかめっ面でうつむいていた。
俺の口角は自然と上がる。

「左近、呼び出しじゃないか。よかったな!これで晴れて花岡と両想いだ。呼び出しまでしてもらったんだからちゃんと、お前から言うんだぞ。」
「な何いってんだ、まだ両想いだって決まったわけじゃないだろ…って、なんで三郎次、俺が花子のこと好きだって知ってんだよ!」
「お前隠してるつもりだったのかよ。久作も四郎兵衛も知ってるよ。」
「四郎兵衛まで…」
「まあまあ、良かったじゃないか。あいつらにも言っておくからな。ちゃんと。」
「おいっ!絶対!絶対来るなよ!」

左近のその叫びには返事をせず俺は部屋を出た。さ、報告にいこう。




* * * * * *




「へぇ!そりゃあ左近喜んでるだろうね。」
「でも意外だな。完全に左近の片想いだと思ってたのに。」

早速、俺は二人を呼んで左近の情報を共有した。
友人の嬉しい知らせで、誰もが自然と笑顔になる。
皆それぞれ思うところはあるものの、四郎兵衛も、久作も、俺も、全員に共通する思いは「良かった」だ。

「なんか、哀れだったもんね、左近。」
「毎回穴にはまったときに花岡に助けてもらってたもんな。年下の、しかも想い人に情けない姿をさらし続けるってのは…辛いよな。」
「おんなじ保健委員なのにね。花岡ちゃんは不運じゃないもんねー。でもきっとそんな左近が花岡ちゃんは良かったんじゃないかなあ。」
「それはそれで…なんだか男として微妙だぞ四郎兵衛。」

久作と四郎兵衛のコントみたいな会話を聞いて、確かになぁと考える。
俺の記憶にある花岡のイメージと言えば、穴にはまった左近をため息をはきながら引き上げる時のげんなり顔と「大丈夫ですか、左近先輩。」という呆れたような声だ。

もしかして、
先ほど左近には期待を持たせるようなことをついつい言ってしまったが、実はあの手紙は告白の呼び出しではないのではないか。
そんな考えが一瞬ちらついた。

いや、でもまさかな。
他の用事だとしたらわざわざ手紙までこしらえて呼び出す必要なんてないよな。

うん。あれは告白の呼び出しだ。

「どーした?三郎次。」
「あ、いや。別に。」
「ならいいけど。な、夕方こっそり見に行こうぜ。」
「だな。」

二人はうずうずした様子で楽しみでたまらない風だ。
ほら、この二人もこんなだし、大丈夫だろ。別に俺が心配することじゃない。…よな。




* * * * * * *




「うろうろ、落ち着いてないね。左近。」
「気持ちはわかるけど…あんなんで大丈夫かあいつ。」

偵察のため、早めに火薬庫裏に来たら案の定、左近は既にそこに居た。落ち着かないのか、先程から同じところをぐるぐると回っている。

「面白いなアイツ。」
「三郎次、笑っちゃダメだよ。…あ、あれ花岡ちゃんじゃない?」

四郎兵衛の言葉で俺らは林の影に身を隠す。向こうから確かに花岡が走ってきた。

「左近先輩!すみません、待ちました?」
「いや、今来たところだ。」

「(左近の今の範囲ってずいぶん広いんだな。知らなかった。)」
「(久作…やめろ、笑っちまうからっ!)」
「(ふたりとも静かにっ聞こえちゃうよ!)」

こそこそと交わされる会話に二人は気がついてはいないようだ。バレたら台無しだもんな。気をつけないと。

「で、なんか用か。」

平常を装う左近の発言にまた笑いそうになるがなんとかこらえる。四郎兵衛でさえ、声を漏らさぬように必死だ。

「えっと…実は…」

花岡はなんとなく恥ずかしそうに下を向いた。
その瞬間は皆、笑うのをやめてじっとその言葉の続きを待つ。
左近はもう期待と緊張でガチガチのようだ。見ていたらこちらまでなんだか緊張してくる。
俺は唾をごくりと飲み込んだ。

「あの!左近先輩に、包帯のきれいな巻き方をご教授願いたくて!」

上半身を左近に突き出して花岡は綺麗な角度で頭を下げた。

久作と四郎兵衛はぽかん、とした顔をしている。
あー、まさかのまさかが起こってしまった。マジかよ花岡。

左近は状況が暫く呑み込めずにいたらしく、ぼうっとしていた。そして花岡の「せんぱーい、どうしました?」という声を聞いた後に、突然慌てだした。

「あ、そう、包帯、包帯、はしっかり巻かないと、だよな。包帯は確かに、大事だな。ほうたい…」
「何挙動不審になってるんですか左近先輩。…いったい何の用事だと思ってたんですかあー?」
「なっ、べ別に何にもっ!!」

あちゃー。
左近、色々と感情さらけ出しすぎだぞ。
花岡も左近の気持ちなんてわかっているだろうに。人が悪いというか、なんというか…。
なんだかもう見ていられない。

花岡はそんないっぱいいっぱいの左近を見て、にっこりと笑った。


「そんな先輩が私は好きですよ。」


花岡のその言葉の後、左近は口を開けたままぽかんとしていた。何も喋れなくなったようだ。
一方の花岡はそのまま笑顔を崩さずに左近を見つめている。
俺らもぽかんとして、顔を見合わせる。

こりゃあ、見事な不意打ち。
彼女の方が何枚も上手だ。

「じゃ、今度二人の時に包帯のこと教えてください。頼みましたからね。」
「ちょ…お、おいっ…花子!」

さっさと去っていく彼女とそれを慌てて追いかける左近を見送って、俺らはやっと、のそのそと林の影から出てきた。

「…左近、完全に転がされてるぞ。」
「うーん。幸せそうだから、いいんじゃないか、な?」
「めでたしめでたし?」
「お前ら疑問系…」

転がり踊る

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