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すみません
すみません
ここはどちらですか、
誰か答えてくれませんか。

私はどこかわからない場所をひとり歩いている。四面、くすんだ灰色の世界がずっと続くばかりで周りには何もない。

だれか、いませんか!

叫び声は灰色の煙に消えていく。
なんで?なんで?虚無喪失恐怖、孤独。いやな感情ばかりが膨れ上がる。

…あ、前に誰かがいる。池田くん?よかった。

え、待って。
行かないで、
池田くんおいてかないで。
ごめんね、ごめんね、わたしがしつこくて。
もう何もいわないから、お願いだから、
そんな冷たい目で見るのはやめて。

ごめんね、なにもしないから。









「あ、花岡さん?起こしてごめんね。」

視界はいきなり明瞭になった。
私は静かに呼吸を繰り返しながら、首を動かして景色を確認する。
嗅ぎ慣れた匂い、見慣れた戸棚、三反田先輩の優しい顔。
ここはちゃんと私のいる場所だ。忍術学園の保健室。
安心感がどっと押し寄せる。
私は目の前の先輩に向けて笑顔を作った。

「いえ…ちょっと怖い夢を見ていたので、むしろ良かったです。」
「あららそうだったの、それならいいけど…体調の方は大丈夫?」
「はい、もう大分良いです。ご心配お掛けしました。」
「はは、それなら僕よりも彼らに言ってあげて。」

三反田先輩の視線の先を辿ると、乱太郎くんに平太くんの友達の伏木蔵くん、それに口を結んだ左近がいた。

「からあげ先輩!」
「大丈夫ですか?元気になりました?」

心配そうな顔の一年生ふたりが寄ってくる。
うう、かわいい…
この子達にこんなに心配させたなんて、私はなんてひどい先輩なのだろう。どうしようもない鶏肉でごめんね!

「うん!一日寝たら、元気になったよ。ごめんね、心配かけて。」
「よかったです…」
「せんぱい、雨のときはちゃんと雨宿りしないと駄目ですよ!」
「…はい、気を付けます。」

あー情けない。後輩に怒られて。
…色々いっぱいいっぱいだったとはいえ、バカだったなあ。

「乱太郎、伏木蔵。花岡さんも目覚めたしもう教室に戻らないと。さ、僕と一緒に行こう。」
「はーい。あれ、三反田先輩は当番じゃないんですか。」
「いいから、はいはい。」

三反田先輩は二人を連れて出て行った。
後には私と左近が残される。三反田先輩に、気を使わせてしまったな。


「…」
「…」

沈黙。
ああ、左近怒っているな。これで私が謝ったら怒るんだろうな。
それというのも私がいけないんだから、仕方がないんだけど。


「左近、ごめんなさい…」
「ほんとだよ!」

いきなり大声を出されて私はびくりと飛び上がる。

「お前なにやってんだよ!雨に打たれたら体なんて冷えるに決まってんだろ!夕立で止むかもしれないんだからちょっと待ってろよ!先輩にも迷惑かけるし…富松先輩ずっと、お前が寝込んで心配してたんだぞ!」

頭が上がらない。ひゃあ…

「ご、めんなさい!」
「ごめんで済ませないぞ今回は…」
「え"っ!?」
「花子。保健委員の雑用、一ヶ月な。」
「はあ!?どういうこと?左近、鬼畜!何?私そんなに左近に迷惑かけた?確かに寝込んで色々と手間かけさせたけども…体調に関してはしょうがないところもあるじゃない!」

左近は私の言葉になんか聞く耳も持たないといった様子だ。
なんなのよ左近。その言い方!病み上がりの私に対して。
保健委員の手伝いが欲しいのだったらそう言えばいいじゃない。それだったら私も快く引き受けるよ。



「…三郎次に何か言われたんだろ。」

忘れかけていた記憶が、左近のその言葉で呼び戻された。
その記憶が先程の夢と混ざってまざって、全身が冷たくなっていく気がした。ぶるぶると寒気さえ覚える。

あれ、私はちゃんと理解したはずなのにな。ちゃんと、受け入れることを選択したのにな、池田くんと私の距離を。

どうして頭では理解していても。私の体はそれを全力で拒否するのだろう。お願いだよ私、わかって。仕方のないことなんだよ。


「花子、僕がお前に怒っている理由が、わかるか?」
「え…」
「わからないだろ。」

左近はこれまでとうって変わって、柔らかい声になった。
あ、れ…左近が怒っている理由って…熱だしたことじゃないの?

本気でわからず首を傾けると、左近は人差し指の先をぴっと私の額に押し付けてきた。

「いいか、お前な!辛いときはな、辛いって言わないとダメなんだよ!特におまえみたいなやつは。」

耳元で叫ばれ、急いで私は両手で耳を塞ぐ。

「ちょっと、左近ちゃん耳痛い!キンキンする!近い!」
「これくらい言わなきゃわかんないだろ!お前は!」
「わかった!わかったって!」

ようやく左近が黙った。あーうるさい、イジメの域だよ。
言ってくれたことは嬉しいけれど、ちょっとツンが過ぎるよ左近。

「辛いくせに笑うなよ。そりゃ、辛くても笑わなきゃいけないときもあるけどさ。辛いって言わなきゃいけない時だってあるんだよ。」

普段聞かないような左近の優しい言葉。普段聞かないだけに私はなんだか感動してしまう。
左近は私以上に私を知ってるのかもしれない。多分きっと、誰よりも寝込んだ私を心配してくれたのは左近なんだろう。
いつもいつも、ありがとうね左近。

「…左近…これは、私に対するデレとして受け取っていいんだよね?」
「お前、殴るぞ。」
「きゃあ、病人のしかも女の子に暴力を振るうなんてっ!」
「大丈夫だ、そんなに元気な声を出せるならもう病人じゃない。それにお前はギリギリ女の子じゃない。」
「えっ、そこ女の子じゃないの!?結構傷つく…」

その時入口の扉が開いた。

「なんだ、花子元気そうじゃない。」
「あっ!かおり!」

扉の先にいたのは同室のかおりだった。

「ほら、あんたの好きなお団子よ。」
「わーい!かおりちゃん好き!」
「はいはい。」
「清水、こいつもう引き取ってくれ。」
「ヒドっ!」
「了解。ほら、川西だってあんたの看病でほとんどつきっきりだったのよ。帰らせてあげなさい。」
「なっ!おい清水!そんなことは言わなくていい!」

慌てる左近を見て、私は本当に嬉しくなる。

「ふふふふふ今度こそデレてくれたね、さーこん。」
「うるさい。早く出てけっ!」
「へへっ、ありがとう左近。…今度、私の辛い話吐かせてもらっていい?」
「…いいに決まってるだろ。」

池田くんへの想いからくる辛さはすぐには絶対になくせない。
でも辛いことは辛くていいんだ。
そう考えるとちょっと楽になった。


「あ、お前保健委員の雑用。忘れんなよ。」

最後に左近はそう言って扉を閉めた。
ちっそこは忘れていると思ったのに…





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