今日同室の左門は、会計委員の仕事で徹夜するらしい。
そうなのだ。
今日の夜、今から朝までこの部屋には誰も入ってこない。
花子は相変わらず俺の横でぐだぐだと寝そべり、意味もなく座布団を丸めている。
つまり、これから俺と花子を邪魔する奴は誰もいないというわけなのだ。
「さくべー。構ってよ。」
「構ってって…俺は明日のために予習しなきゃいけねえんだよ。」
「ふーんだ。彼女がせっかく来たのになぁ。」
花子は口を尖らせて、丸めた座布団にぎゅっと抱きついた。
なんだよ、こいつ、かわいすぎるだろ…
俺だって構っていいんだったら構いてぇよ。
でもちがうから。
今の俺はどうしようもなく不純な気持ちでいっぱいなわけで。
自制しておかないと絶対に何も知らない花子を傷つけちまうから。俺は必死に自分と戦う。
だいたい、花子はタイミングが良すぎるんだ。なんで、あの空気の読めない左門が徹夜な時に来ちまうんだよ。そりゃ、ふたりっきりはもちろん嬉しいけど、俺も男だし色々と考えちゃうわけで。
しかも無防備すぎねえか。
確かに俺はお前に手出したことねえから安心してるのかもしれねーけど。俺も結構、頑張ってるんだからな。
「ねぇー!」
「おわっ」
いきなり横から衝撃がきて、俺の体はぐらりと倒れる。慌てて体制を立て直して横を見れば、花子が上目遣いでこちらを見ていた。
おいおい、ちょっと待てって。頼むよ。
「予習なんて言って、ぜんぜんさっきから進んでないじゃない。」
う。その通りでなにも言い返せない。所詮予習なんて言い訳なのだから。
それよりも、おめえ、胸がいつもよりはだけてねえか。気のせいか。いや、気のせいじゃねえ。
何やってんだよ。そんなんで、他の男の前に出るんじゃねぇぞ。
男は狼なんだよ。わかってんのか。万が一おめえか襲われたら、俺は相手のところに殴り込みに行くぞ。
ああ、でももしそんな事態になって、暴力的な男は嫌いだなんて言われたら…もう俺は生きていけないかもしれねえ…
「ねぇ、かまって。」
花子が今度は俺の腕に、ぎゅっと抱きついてきた。
ああもう俺、ダメかも。
いや、こいつが襲われる前に俺が手を出すべきなんじゃないか。他の誰かに、とられてしまう前に―
「おめえ、誘ってんのか。」
勢いに任せて、自分で言った言葉に、ハッとする。つい口に出てしまった。今更弁解もできずに、俺は体が急速に冷えていくのを感じる。何、バカなことを。
何も知らない花子を見てそんな不埒なことを考えていたなんて知って、花子は俺を、きっと軽蔑するだろう。軽蔑まではいかないにしても、きっと、こいつは俺が怖くなるに違いない。もし花子に嫌われてしまったら俺はどうしたらいいのだろう。
「やっと気づいてくれた?」
花子から発せられた言葉に驚いて、俺は花子を見る。
そこにいたのは、純粋で無垢な笑顔をした少女ではなく、どことなく妖艶さを匂わせた女の花子だった。
今の言葉は自分の妄想では、ない。
「本気で…言ってんのか。」
期待をにじませて絞り出した俺の声に、花子は確かにしっかりと頷いた。
「可愛いだけがね、女の子じゃないんだよ。」
まるで俺の脳髄まで溶かすような甘い響きにくらくらと酔いしれていく。
ああ、もう止まらねえ、
花子を引き寄せて、閉じ込めて
いくら伝えても伝えきれない愛の言葉を囁いて。
噛みつけば、艷めいた吐息とともに声が漏れる。
絶対、誰にも渡してなんかやらねえ。
なあ。
おめえが悪いんだからな、なんて馬鹿げた言い訳はしねえから。
一緒に、闇に溶けよう。
とろける闇
title by DLR
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