小説 | ナノ

待つよの続き


海を見に行かないか、

突然彼は私にそう言った。


それは確かに待ち望んだ言葉だけれど、私が見たかったものとは少し、違った。

「食堂に行ったら、三郎次くん丁度よかったって頼まれっちゃったんだよ。これ、お前の。」

池田は、腹の前に抱えていた大きな籠をこちらによこした。
私たちはこれから、兵庫水軍さんの所まで夕食用のお魚を捕りに行く。

「助かった、花岡に会って。」
「ふたりで大丈夫なの?」
「いけるだろ。お前もそんなひ弱じゃないし。」
「まあ。」

確かに魚を抱えるくらいで根を上げるような、そんな鍛え方はしていない。
別に体力の無いことを馬鹿にされるよりはよっぽどいいけれど、褒められるのも女子としては複雑だ。





「三郎次くんと、花子ちゃん。サイン…はしたね。じゃあ、気をつけて。」

にこにこ手を振る小松田さんに見送られ、私たちは出発した。


「海かあ、暫く見てないや。」
「お前はそうだろうなあ。」
「貝殻、あるかなあ。」
「あんなものどーすんだよ。見飽きた。」
「私にとっては、珍しいの。」
「言えば、帰ったときに腐るほど持ってきてやるのに。」
「本当?じゃあ、持ってきて。」
「覚えてたらな。」
「約束だよ。」

池田の見る海を、それで少しでも感じられたらいい。
耳にあてれば、池田の海の音が聞こえるかもしれない。


わたしたちは黙々と歩き続けた。
そのうちに視界は開け、広大な海が私たちの前に姿を見せる。

「うみだ、」
「海だな。」

きらきら、光の粒をのせてゆらゆらゆれる、海。綺麗だなあ。
私はちらりと隣の彼を見る。
彼の目線は一直線に海に向かっていた。

ああ、また。
池田。今、あなたの海を見ているでしょう。この海に重ね合わせて。




「ああ、潜りてえ。」



海がすぐ近くになって、池田がぽつりと言った。

「そんな時間ないよ。早く、第三協栄丸さんの所に行こう。」
「わかってるよ。言ってみただけだろ。」

わかってないよ、池田は。
なんにもわかってない。


あなたが見ている海はここじゃないし
わたしが見たい海もここじゃない。
そしてわたしはただ珍しいから、海がみたいわけじゃない。





第三協栄丸さんは予想以上に大量のお魚さんを私たちによこした。

「持てるだけ持ってけ。」

豪快に笑う第三協栄丸さんの言葉はありがたいが、これはなかなか、帰りが辛そうだ。



「花岡はこっち。」

限界までつめた籠を背負おうとすると、池田が指示を出してきた。

「え?」
「そっちは俺が持つから。お前はこっち。」
「いいよ、持てるよわたし。」
「いいからこっち持てよ。そんな二籠パンパンにしなくても十分足りるだろ。」

ほら、と池田がもうひとつの籠をよこした。
随分と、こちらは量が少ないように思う。

「あ、ありがと…」
「ん。」

女の子として扱ってくれた嬉しさがこみ上げてくる。
こういう奴だから、わたしは池田から離れられないでいるのだ。


「おーおー、優しいじゃねえか。いっつも生意気なのに。」
「第三協栄丸さん、やめてくださいよ。」


少し照れて、しかめっ面で頬を染めた彼は、私の方をちらっと見た。

「別に…なにも意味とか、ないからな。ほら、その、お前だって一応女だし…。」
「照れんなって。かわいいな、お前。」
「やめてください!!」

第三協栄丸さんにからかわれ、池田の顔はもう真っ赤だ。
その姿がおかしくてちょっぴり嬉しくて、わたしは大声で笑った。



ああ、あなたへのやるせない気持ち
今ので吹き飛んじゃったよ。

こうなったら、懲りずに待ってやるんだから。

まだまだ

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