小説 | ナノ

「よかったね。花子ちゃん。」
「何がですか。」
「藤内と上手くいって。」

お散歩をしていたら隣で綾部先輩がいきなりそんなことを言ってきた。
私は首をぐるんと先輩に向ける。

「花子ちゃんずっと悩んでいたものね。」
「あ、綾部先輩知っていたんですか?」
「うん。作法室に行った時あったでしょ。あのときから。」
「な、随分前から…じゃあ、色々知ってて私と浦風くんを引き合わせたんですか!?」
「だーいせいこー」
「だいせいこうじゃないですよ!私、寿命が縮む思いだったんです。」

綾部先輩って、本当何を考えているのかわからない。

「まあまあ花子ちゃん。済んだことを色々言ってもしょうがないよ。」
「話をまとめて終わらせようとしないでください!」
「あ、そこ。」

先輩の言葉で私は動きをピタリと止める。

「落とし穴。」

伸ばしかけた足をゆっくりと引き戻す。よく見れば、小さな目印がついているそこ。

「あぶなかったねー。花子ちゃん、僕に付いて落とし穴回避するのもいいけれど、いい加減学習しないと。」
「…はい。」

綾部先輩が掘らなければ私もわざわざあなたと歩き回らなくて済むのに、という言葉は呑み込んだ。
多分そんなことを言ったら色々面倒くさくなるだろう。

「花子ちゃん、これから作法委員会だけれど、来る?」
「え?いえ。」

また綾部先輩は突拍子もなく私に提案をしてきた。私は即座に断る、
委員会に来るか、なんて。私がわざわざ知らない忍たまの人達に囲まれる選択肢を選ぶはずがないじゃないですか綾部先輩。この間は綾部先輩が忘れ物したとかいうから仕方なくついて行きましたけど。

「藤内いるよ。」

不意に先輩が出してきた愛しい名前に、私は黙り込んでしまう。

「藤内のこと知りたくない?」

知りたい。
私の知らない浦風くんをもっと知りたい。もっと、分かり合いたい。
頭の中で図書館での出来事がぐるぐるまわる。

「はい、こっち。」

突然ぐん、と手を引っ張られよろけそうになった。
葛藤の沈黙を了承と受け取ったのか、そのまま綾部先輩はずんずん歩きだす。
ああ、どうしよう。怖いな、怖い。でも、綾部先輩の手を振りほどかない自分がいる。
浦風くん。
あなたをもっと知ってもいいですか。




* * * * * * * * *



扉の先には、いつかのあの時のように浦風くんが机に向かって本を読んでいた。
こちらに気がついた浦風くんが私を見て少し目を大きくした。

「どうしたの花子さん。」
「えっと…」

あなたを知りたくて来ました、なんてことは言えない。

「連れてきたの。」

綾部先輩がするり、私の横を抜けて作法室に入る。それと同時に私の手も引かれる。

「わっ」

それにより私は今度こそ完全によろけて、バランスを崩す。スローモーションみたいに体が傾いて、ばふっ、と柔らかな衝撃を感じる。土の匂いが鼻を掠めた。

「花子ちゃんは本当ドジだねえ。」
「あ、綾部先輩が、いきなり手を引くからです。」

綾部先輩に寄りかかって支えられていた私はゆっくり綾部先輩から体を離す。

「もうすぐ、立花先輩が来るよ。花子ちゃんは藤内の横に行ったら。」
「え、あ…」
「花子さん、…こっちに来る?」
「あ、はい。」

私はそろそろと浦風くんに近づく。どきどきいう心臓の音が浦風くんに聞こえていなければいいけど。

「前から思ってたけれど、花子さんは綾部先輩と仲が良いね。」
「え、そうかな。あ、あのね。私が庭でよく穴に落ちるから、落ちないように綾部先輩について庭の移動をしているの。」
「そーだよ藤内。それだけで僕と花子ちゃんはなんでもないから心配しなくても大丈夫。」
「あ、綾部せんぱいっ」
「そうですか、安心しましたよ。」
「…おやまあ。狼狽えてくれると思ったのに。」
「この委員会で鍛えられましたので。」

私ばかりがおろおろして、浦風くんは全く動揺していない様子だ。ちょっぴり恥ずかしくなった。

「おや、どちら様かな。」

そのとき突然戸から顔立ちのとても綺麗な方が姿を見せた。サラサラの髪が揺れているその姿に思わず見惚れる。

「藤内の連れでーす。」
「あ、はじめまして。くのたまの花岡花子です。お邪魔しています。」
「ああ、そうか君が噂の。私は6年の立花仙蔵だ。」

噂の、という言葉に私は少し反応してしまう。
噂の。浦風くんの許婚。
そういった目で品定めされているような気がして私はひどく帰りたい衝動に駆られた。
それでもいきなり立ち去る勇気もなく、その場で曖昧に笑うことしかできない。

「ゆっくりしていってくれ。」
「はい、ありがとうございます。」
「立花せんぱーい!遅れましたあ!」

元気に響いた声と同時に見覚えのある柄装束を着た二人が顔を出した。二人はすぐに私を見つけて、びっくりした顔をした。

「あっ、浦風先輩の許婚の先輩っ!」
「兵太夫!お前いきなり失礼だぞ。」
「あっ、気にしないで大丈夫だよ。」

慌ててそう言うと、つり目の子は少しホッとしたようだ。
それにしても、皆が私のことを知っていることには驚きだ。同時に、焦る。

「浦風先輩の、どこが一番好きなんですか。」
「へっ!?え!?」
「教えてくださーい!」

にこにこした…確か兵太夫くんが私に聞いてくる。なな、何をいきなり言い出すのだろうこの子は。隣には浦風くんもいるのに、忍たまの人たちもたくさんいるのに。
私は顔を赤くするばかり。

「こら兵太夫。先輩を困らせるもんじゃない。」
「じゃあ浦風先輩答えてくださーい。」

助け舟を出してくれた浦風くんが、今度は質問の対象となってしまった。ああ浦風くんごめんね、助けてくれたのに。
兵太夫くんがなんとなく意地悪そうな顔に見えてきた。あれ、こんな顔だったっけこの子。
それに周りの作法委員の方々は止めに入ろうともせず完全に傍観者だ。

「好きって、どこがとか簡単に答えられるもんじゃないだろ。僕は花子さんが好き。それだけだ。」

浦風くんは恥ずかしさを隠しきれない様子で、兵太夫くんにそう言った。私は恥ずかしくて思わず手で顔を覆った。う、らかぜ、くん。

「へええ、わかりましたあ!」

1年生にしては綺麗すぎる笑顔で兵太夫くんは答える。

「いやあ、いいものが見れたな、喜八郎。」
「ですね、立花先輩。最近藤内が弄りに慣れちゃって冷たかったから安心しました。」

隣でそんな会話も聞こえる。な、なんて怖い委員会なのだろう作法委員会。浦風くん、なんだかとても大変そうだ。
浦風くんはすくっと立って、私の手を握った。手から伝わる熱があつい。

「花子さん、行こう。」
「あ、」
「すみません、ちょっと抜けます。いいですよね、立花先輩。」
「ああ。お前は後で戻ってこい。」

そのまま私たちは作法室を出る。兵太夫くんの「また来てくださーい。」の言葉と綾部先輩の「花子ちゃんまたね〜」なんて呑気な声が最後に聞こえた。


「花子さん、ごめん。からかわれて、気分悪くなかった?」

庭を歩いていると浦風くんは、顔を赤くして謝ってきた。

「ううん、私は、ぜんぜん。」
「作法委員会の話、僕はあなたにしたことなかったね。絶対にあの人たちにからかわれると思っていたから、花子さんにも委員会のこと言いたくなくて。」
「でもね、今日は嬉しかった、よ。」

いつも冷静に見える浦風くん。でも少し焦った時もまた浦風くんで、花子さんが好きって言ってくれたのも浦風くん。もっともっと浦風くんを知りたいな。

「本当?」
「うん。」

だって私は浦風くんが大好きだから。
そこまではでも、どうしても恥ずかしくて言えなかった。
浦風くんは相変わらず赤い顔で少し視線を下げた。

「…花子さん、ひとつ我侭言っていいかな。」
「な、なに?」
「花岡さんが学園内を歩く時、不安だったら僕が一緒に歩くから。…その、綾部先輩じゃなくても。」
「えっ」
「その、僕ができるなら花子さんを守りたいなって。」
「!!一緒に居てくれるなら、お願い、します。私も、嬉しい。」
「よかった。」

今、浦風くんを笑顔にさせているのは、わたし、なんだよね?

浦風くん、私、幸せすぎてどうしたらいいのか、わかりません。









「とーない、お帰りー。」
「綾部先輩、僕がからかわれるのは一向に構いませんが、花子さんを連れてこないでください。」
「最近僕が花子ちゃんと関わるせいで藤内が冷たいから、何か仕返ししたかったの。」
「あ、浦風先輩、さっきの先輩のどこが好きなんでしたっけ!?」
「…」




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