小説 | ナノ

「うん、こんな感じかもしれない。僕の君への恋の気持ちは。」
「絶賛交尾中の虫を見てそんなこと言われても…」

私と雷蔵。二人で並んでうずくまる視線の先でうごめくカメムシが折り重なっている。
だんだん見ていられなくなった私は、きもちわるい、といって視線を逸らした。

「うーん。直接的すぎるなあ。やっぱり違うかもなあ。」

そう言ってまた雷蔵はうんうん悩みだす。
また始まった。雷蔵の迷い癖。

「雷蔵、もういいよ。そんな私への想いを無理に何かに例えてくれなくても。気持ちだけで十分嬉しいよ私は。」
「だって、花子にわかってもらいたいんだよ。僕がどれだけ、その、君のこと想っているかとか。」

恥ずかしそうに照れ笑いをしながら雷蔵が言う。
そんな恥ずかしいことを照れながら言えてしまう雷蔵が、私は好きだ。



「ふふ、じゃあ、今日じゃなくてもいいから。また今度わかったら教えてよ。」
「うーん、そうだねえ…」

そう言いつつも彼はまだ顎に手をあてて、考え込んでいる。


「らーいぞう。もう日が暮れちゃうから。早く歩こうよー。」
「あ、ごめんごめん。帰ろうか。」

透き通った青色はいつのまにか暖色に変わった。
草木は色濃い影をのばして、夕焼けに飲み込まれる前にと、一斉に輝きだしていた。

私たちの影も長く伸びる。私の影よりも少し長い雷蔵の影。
ふたり並ぶ影が嬉しくて、私は少し弾んで歩く。

「あ、花子。これかな。これが一番近いよ。」
「へ?」
「夕焼け。僕の花子への気持ちはこの夕焼けみたい。」
「…夕焼け、かあ。よくわからないけど詩人だね、雷蔵。」
「ふふ。」

たくさん本を読んでるからか、雷蔵はときどきとてもロマンチストだ。そしてそんな彼も私は好きだ。


「僕の気持ちはね、この夕焼けみたいに変わらないよ、ずっと。
例え花子と喧嘩してギクシャクしても、花子が僕の迷い癖をどんなに馬鹿にしても変わらない。
僕が手を汚すことになっても、花子の知っている不破雷蔵じゃなくなってしまってもだよ。僕はずっと、君の隣にいたいんだ。」
「ずっとって。本当かなあ。」

疑いなんて微塵もないくせに、私はそんなことをこぼした。

「もちろん。僕は花子に嘘はつかない。この気持ちが、多分僕が持っているものの中で一番美しくて、誇れるものなんだ。」

迷いなんてこれっぽっちも見せずに雷蔵は断定した。
それが私は嬉しくて、どうしようもなく泣きそうになる。でも泣いてなんてあげない。
雷蔵は、そんな私の気持ちくらいお見通しだろうけれど。


「ほんとう、僕の想いはそれだけなんだよ。凄く、単純でわかりやすいでしょう。」
「うん。よーくわかったよ。雷蔵の、私に対する想い。」
「それなら良かった。僕も満足。」


私たちはまた前に向き直り、赤い世界で足を進める。

西の山に漸次吸収されていく夕日。それがあまりに綺麗すぎて
気がついたら涙は流れていた。
だめだった。こらえられなかった。
一旦流れた涙は止まることを知らない。次から次へと溢れ出す。

雷蔵はそんな私を見て、いつもみたいに優しく笑って涙をそっと拭いてくれた。

きっと私たちの体がなくなっても
この夕焼けの世界で私と雷蔵はずっと生き続けるんだ。
そうだ、私に怖いものなんて何もない。

夕焼け song by ...
夕焼け

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