小説 | ナノ

なんだろう、この30点満点みたいな点数は。
私は朱色で22と描かれた紙を握り締めていた。アヒルさんが仲良く二匹並んでいる。
私をあざ笑うかのように脳内でアヒルががぁがぁ騒ぎ出す。うるさいうるさい。私だって今回はちょっと勉強したんだから。
仕方ない、今回のテストはもう、なかったことにしてしまおう。部屋の引き出しの奥にひっそりしまってしまおう。いや、もういっそ燃やしてしまってもいい。証拠がなければどうにもならない。


「花子。」

その声に、私の動きはぴたりと止まってしまう。
振り向かずとも、わかるそこにいる人物。

彼は私の肩にぽん、と手をおいて、私のテストを覗き込んできた。慌てて隠そうとするも、行動を起こす前に答案をひったくられる。

「へえ。これ、20点満点?」
「…いやーね、庄ちゃん。20点満点だったら、わたし満点越えしてるじゃない。」
「へえ。」
「はは…」

嫌だなあ庄ちゃん。バツの数を見ればそのテストが100点満点だってことくらいすぐにわかるよね。
あ、分かってて聞いたのか。ま、そーだよね。優秀な庄ちゃんがそのくらいのこと見逃すはずないものね。ふふ。ああ怖いよ怖いよ。その抑揚のない「へえ。」の感じ。怖すぎるよ。

「しょ、しょ庄ちゃんはテストあったの?」
「うん。」
「どどーだった?」

彼が突き出してきた紙切れには96という不可解な数値が書かれていた。ああ。間違えた、これ逆から見てるからかな。…あれ、逆から見ても、96だ。
この偶然さえも仕組まれたものなのではないかと勘繰りたくなる。

「すごい。相変わらず庄ちゃん頭いいね。」
「いや、そんなことはないけど。」
「謙遜しちゃって。このこのー。」
「確かに花子よりはいいかな。」
「…ですよね〜。」
「僕、ちゃんと勉強しろって言わなかったっけ。」

まずい。


「いや、あの、ちょっとはやったんです…」
「ちょっと?」
「一回読み通しして…」
「花子、それはやってないって言うんだよ。」

彼は淡々とストレートな言葉を私にぶつける。
うう、痛い。心が痛い。
確かに庄ちゃんからすればやってないに等しい勉強量なのだろう。実際私の頭にはほとんど入ってなかったわけだし。
でも普段何もしない私からすれば一回読み通しただけで大進歩だと思ったのに。
こうまでばっさりと切り捨てられてしまうと本気で痛いです。黒木さん。
私に20のダメージ。


「もっと本気でやらないとまずいんじゃないの。」


おお、そうきましたか。その言葉、私には大分きついです。50ダメージくらい…かな。
ああ私の心のライフポイントはもう残りわずかです!

そうだよ、庄ちゃんの言う通り。それが正論だよ。なんにも、間違ってない。
うん。そうなんだけどさ。
花子ちゃん、きつい言葉はあんま好きじゃないんです。そしてちょっと勉強した私をね、褒めてほしかったり、してね。


「花子には、無理かもしれないけど。」


え、あきらめ?ですか。私諦められちゃいましたか?
いくらなんでもそれは、酷くないですか。
これは一撃必殺並みのダメージ。一気に花子ちゃん、瀕死状態ですよ。

頭の中にだんだんだんだん、冷水みたいなものが溜まっていく。これはきっと、私の悲しみなんだろう。



どうして、もっとやんわり伝えられないのさ。しかも余計なことまで言うのさ。

「そうだね。私は庄ちゃんと違って頭も良くないし集中力もないしね。」
「違うよ花子。頭のよさっていうのは、勉強するかしないかで決まるんだ。簡単に自分の限界を決めちゃだめだよ。」

ひんやり冷たくなっていく私の体。私の皮肉でさえ綺麗に潰した彼は腹立たしいくらい冷静に私に忠告をする。

「バカ。」
「え?」
「今の皮肉よ。なんでそんなこともわからないの!?庄ちゃんはバカだよ。頭はいいけど、人の気持ちもわからないなんてほんとうバカ、あほ、おたんこなす!」

私の声は、感情的になるあまり涙声になる。

「自分が頭いいからって、それをひけらかすみたいに言うの本当きらい。」

私は浮かんだ言葉をただただ吐き出していた。


「…ごめん、ひけらかすとか、泣かせたりするつもりじゃなかったんだ。」
「ごめんでなんて、済まさない!」

それだけ叫んで、私はそこから走って逃げた。庄ちゃんは追ってこなかった。
…なにさ、追ってもきてくれないの。べ、べつに、追ってこられても許さないけど。
だって、いくらなんでもあの言い方は酷い。庄ちゃんが悪い!





「いや、花子が悪いでしょ。」

一緒に火薬庫の在庫チェックをしながら、伊助がさらりと、私に言った。

「えっ!な、なんで!?だって、庄ちゃん酷いと思わない?」
「思わないよ。まあ、ちょっと言い方がキツいかもしれないけど。庄ちゃんは全部花子のために言っているじゃない。」

う、そう言われると、確かにそうだけど。

「そんな庄ちゃんに人の気持ちもわからないバカなんて言ったんでしょ。それは、花子が悪い。」
「そ、そんな責めないでよ…私は、ただ伊助に聞いて欲しかっただけだもん。」
「そうだねっていう賛同の言葉が欲しかっただけなら、くのたまの友達に言ったほうがいいよ。僕は、庄ちゃんの親友だし。」

伊助はズバズバ、私に言ってくる。なんか冷たいなあ。
それでもこれも正論だから、私は言い返せなくなってしまう。確かに私は賛同して欲しかっただけなのだろう。

ああ今日はなんだか全然うまくいかない。



沈んだ気持ちで作業を再開する。
すると、ぽん、と頭に手を置かれた。後ろを見れば、にこにこしたタカ丸さんが立っていた。
タカ丸さんのもう片方の手は、伊助の頭の上に置かれている。

「伊助くん、花子ちゃんにちょっと言い過ぎだよ?」
「タカ丸さん、」
「女の子には優しく、ね?」

伊助は少し納得いかないような顔で、はい…と言った。
そんな伊助を見て、タカ丸さんは少し眉を下げる。

「男の子と女の子はね、すこし考え方が違うんだよ。だから、どうしてもぶつかっちゃったりするんだ。」
「考え方が?」
「そう、たとえばさっきの話も。花子ちゃんは伊助くんに、ただ聞いてもらいたかった。伊助くんは、花子ちゃんに庄左ヱ門くんのことをわかって欲しかったんだろうね。お互いの考えが違うから衝突しちゃう。」

ほわりほわりとした声でタカ丸さんは私たちに言う。
男の子と女の子で考え方が違うなんて、じゃあどうすればいいのだろう。
私はずっと、伊助とも庄ちゃんともわかり合えない運命にあるとタカ丸さんは言いたいのだろうか。
それはなんだかとても悲しいことに思えた。


「ぶつかり合わない方法は…ないんですか。」

伊助も、私とおんなじことをもしかしたら考えていたのかもしれない。
少し小さな声で伊助がタカ丸さんに尋ねた。


タカ丸さんはその問いに対してへら、と笑う。

「思いがぶつかるって、とても素敵なことだと僕は思うよ。そこから、沢山のことを知っていけるんだ。」


私と伊助は、首をかしげた。
難しい。私は喧嘩なんてあんまりしたくない。

タカ丸さんは、そのうちにわかるよ、と言った。
そのうち。
そのうち、ていうのはいつなんだろう。

「この学園にいる間にわかりますか。」
「その人、次第かな。でも、大丈夫。今の花子ちゃんみたいに沢山人とぶつかるとね、すぐにわかるんだよ。」

不安な顔の私に目の高さを合わせて、タカ丸さんは私に語りかけるように教えてくれた。

不安、だけどタカ丸さんの言葉ならきっと信用できる。



「わかりました。」
「良かった。さ、わかったところで花子ちゃん。花子ちゃんは今、一番何をしなければいけないと思う?」

タカ丸さんがじっと、私の目を見る。
私はひとつ息を吐く。

「…庄ちゃんに謝ること、です。」
「そうだね。良くできました!」

ぎゅっと、タカ丸さんは私を抱き締める。子供扱いはやめて欲しいけれど、今はその温もりが嬉しかった。

「僕が後は、伊助くんとやっとくから、行っておいで。」

私は二人にペコリと頭を下げて、歩き出す。

タカ丸さんの言っていたことは、まだよくわからないけれど。
でも、私は庄ちゃんと伊助とぶつかって、そのお陰で庄ちゃんの優しさには気がつけた。

きっと、そういった小さな気付きの積み重ねが「素敵なこと」になるのだろうな、となんとなく思った。


はやく、庄ちゃんに会わなきゃ。




「さて、こんな感じでいいかな。伊助くん。」
「はい、ありがとうございます。すみません、…僕、うまく言えなくて。」
「そんなことないよ。君のお陰で花子ちゃんは動けたんだから。それにね、あんなに落ち込んでる庄左ヱ門くんを見たら、味方したくなっちゃうよね。」



私のいなくなった後に、そんな会話がされているとは露知らず。

私は学園を駆け回っていた。
視界の端に入った、あの冷静な顔。
見つけた。

走って
近づいて
手をかけて

君に
沢山の思いのつまった「ごめん。」を届けるまで

後ちょっと。

衝突、そして

←TOP

×