小説 | ナノ

気がつけば私は薄暗い土の世界にいた。体には木の葉がたくさんかけられていて身動きがとれない。

状況は全く理解できなかったが恐怖感はなかった。ただ、土葬にしては空気の量が多すぎるなと思った。
すきとおった光がこちらにこぼれるように射し込んでいる。眩しすぎなくて丁度いい明るさだ。ほろほろした土に囲まれ、私は今置かれている状況も忘れて、うっとりと目を閉じる。



どのくらいそうしていただろうか。

ふと目を開けると、今度は太陽の光を直接に浴びていた。そのきりきりとした眩しさに思わず顔をしかめる。

「おはよう。」

その時、突然声が上から降ってきた。
まさか人が見ているとは思わなかった。この眩しさで誰かまでは特定できないが、人の形をした黒い影があることだけは確認できる。

「どなたですか。」
「どなたでしょう。」

会話にならない。私は質問を変える。


「ここは、どこでしょう。」
「学園の中です。」
「はあ、」
「学園内の、地中です。」

そうか、学園内か。とりあえず知らない場所に行ったわけではないようだ。ちょっと安心したような、拍子抜けしたような気分になる。

「どなたかは存じませんけれども、私を引き上げてはくれませんか。」

正直のところ私はこの土の中が気に入ってはいた、が流石にここから出なければ冗談でなく土葬されてしまう。まだ死ぬのはごめんだ。

私の申し出に対しての返事はなかった。しかし依然として黒い影はそこにいた。


さて、どうしよう。

あざやかな陽の光にようやく目が慣れてきた。黒い影が鮮明になる。
そこにいたのはどこか中性的な顔の忍たまだった。彼はじっとこちらを見ている。

「出たいの?」

答えになっていないその問いに、私はこくりと頷いてみせる。彼は手を顎にあてて、考えるしぐさをした。何を考えているのかわからない顔はこちらに向いたままだ。

「僕の落とし穴なんだ、これ。」

ああ、そうか。私は彼の掘った落とし穴に落ちたのだな。それで気を失っていたに違いない。確かに、庭をぶらぶらと散歩していた記憶はある。
だとすると、この方は4年生にいるという噂の穴掘り小僧さんだろう。よく見れば彼の頬は土で汚れている。

「その葉っぱ。どう?」
「あ、あったかいです。」

大量に積まれた葉が熱をこもらせているお陰か、体はぽかぽかだった。様々な形の葉は、カラフル、とまではいかないが異なる色をしており、光に当たって輝いて見える。

私の答えに彼は少し満足そうに目を細めた。

「君のために家をつくってあげたんだ。」
「家?」
「そう。この穴もその葉っぱも全部君にあげるよ。」

だから、と彼は続ける。

「ここから出ちゃ駄目。」

何の抑揚もない声で彼は言った。

「それは無理です。」
「なんで?なんで出たいの?」
「だって、ここから出なければ授業にも出られませんし、おばちゃんのご飯も食べられませんから。」

彼は少し首を傾けた。わからない、とでもいうように。
私からすれば、彼の方がわからない。どうして私にわざわざ家を作り、その上穴から出ちゃ駄目なんて言うのだろう。


「…君は自然が、この世界がとても好きでしょ。知ってるよ。」

少しの沈黙の後に彼が口を開いた。
断定を含んだその言葉は確かに、図星であった。

私は毎日、きらきらした日光を全身に浴びて
さらさらこぼれる、つめたい水で喉を潤して
青々と茂るやわらかな草に寝そべって
なめらかな風を肌で感じて
昼はすきとおるような空色を眺め
夜は飴玉のような星を眺める

彼の言うとおり、私はとてもここがすきなのだ。


「そう、つまり君はきっと地にかえりたいと思っていたんだけれど。」


その彼の言葉になるほど、と思ってしまった自分がいた。
よく考えたらおかしいのだろうけれど。

「悪くないかも…です。」
「そうでしょ。」

それだけ言って、彼はすとん、と軽やかにこちらへ落ちてきた。

「僕は綾部、喜八郎。ねえ、君の名前は?」

ずいぶんと彼との距離が縮まった。
大きな目はまっすぐにこちらを見ている。
私は自分の体を少し引っ張り出して身を起こし、口を開いた。

「花岡、花子です。」
「じゃあ、花岡さん。一緒に土に還りましょう。」

どこまでが冗談かはわからないが、彼はさっさと私の隣に体をうずめて、葉まみれになった。
不思議な人だ。
でもきっと彼もここがすきなのだろうな。それは理解できた。
私はもう一度横になって葉の毛布に包まる。



「綾部、くん。」
「はい。なんでしょう」
「このまま誰も来なかったら、本当に還っちゃいますね。」
「そうですね。」
「はい。」
「いやですか、僕と一緒は。」
「え、いいえ。ふたりなら、寂しくないですしね。」
「そうですね、暖かいですし。」

そう言って綾部くんはこちらに身を寄せてきた。
ただでさえ近かった綾部くんとの距離はほとんどなくなり、私はそこではじめて恥ずかしくなる。

「やっと近くにこれた。よろしくね花岡さん。」

その彼の発言で私の顔に熱が集まりだす。綾部くんは少し笑ったように見えた。



「おやすみなさい。」

そう最後に言って彼は目を閉じた。

土葬ごっこ

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