花子ちゃんは学園内で会えば僕と話をしてくれるようになった。相変わらず顔は無表情が多いけれど、僕は彼女の少ない表情の変化がわかるようになった。
みんなと同じように笑い悲しみ怒る。花子ちゃんは拍子抜けするくらい普通の女の子だ。
「桜、もう散っちゃうね。」
今日も僕は庭で花子ちゃんと話す。
大きな桜の木を見上げて言う花子ちゃんの表情は、どことなく悲しそうだ。
そんな彼女を見ていた僕にふとした考えが浮かんだ。
「花子ちゃん、完全に散ってしまう前にお花見しようよ。」
「お花見?」
「そう、学園から少し歩いたところに、まだ結構咲いてる桜があるんだよ。」
僕はあえて学園外へ出ることを提案した。無論彼女のために。
彼女は目を細めてゆっくりと、頷いてくれた。
「黒木くん、なんだか荷物が多いね。」
「そう。お花見にはこれがないと。」
桜の木を目指し、僕らは並んで歩いていた。
僕の風呂敷包みを見て花子ちゃんは少し首を傾ける。その姿に自分の心がじわじわ温かくなるのがわかる。
「ほら、あそこ。」
僕が指をさした先を見つめ、「わ…」と短く感嘆の声をあげる彼女が少しだけ早足になる。僕は彼女のその反応が嬉しくて、急いで後に続く。
少し葉桜になってはいるものの、咲きは十分な桜の木が悠然と立っていた。
僕は草の生えた木の根本に筵を広げ、腰を下ろした。彼女はまだ上を向いている。
「花子ちゃん、こっちに来なよ。」
「うん…」
「そんなに見つめなくても、桜は逃げないよ。」
「うん。」
そこでようやく、頭を下げた彼女がうそうそとこちらへやって来た。
「さ、座って。」
「なあに、これ。」
座るやいなや、花子ちゃんは僕の手元をじっと見てくる。
「これ?抹茶だよ。僕の趣味。」
「抹茶。」
花子ちゃんは興味深そうに顔を近づけてきた。
僕はゆったりした時間の流れを感じながら、いつものようにお茶を立てる。ふわりと香るお茶の匂いに包まれて心が安らいでいく。
「一服どうぞ。」
「あ、…ありがとう。」
差し出されたお茶をおずおずと受け取り、ぎこちなく茶碗を回す花子ちゃんを見て、知らずのうちに顔が緩んでいく。
「…美味しい。」
「苦くない?」
「苦いけど。」
ふふ、と花子ちゃんから笑みがこぼれた。
その笑顔が僕は泣きそうなくらい嬉しかった。
きっと、僕は彼女に世界を見せたいのだ。
そして彼女のいろんな顔が見たいのだ。
ね、花子ちゃん、もっと出てきても大丈夫だよ。僕がいるからさ。
「あのね…わたし、お菓子、持ってきた。」
少し恥ずかしそうに、花子ちゃんは小さな包みを差し出してきた。
「ほんと?ありがとう。いいね、抹茶に甘いもの。」
「実習で、作ったやつ。…だから、美味しくないかも。でも毒はないよ。」
「ありがとう、いただきます。」
そうして甘い匂いのする焼菓子をひとつ口に含むと、花子ちゃんは少し驚いた顔をしていた。
「なに?」
「黒木くん、もう少し疑ったほうがいいんじゃない?私これでもくのたまだよ。」
「本当は毒、入ってるの?」
「いや、そういうわけじゃないけれど…」
「僕は、花子ちゃんが嘘つくとは思わないから。」
冷静な僕の言葉に、彼女は少し顔を逸らした。
きっと、照れているんだ。僕はさらに嬉しくなる。
「美味しいよ。これ。」
「…ありがとう。」
僕らのまわりで
桜の花びらがはらり、はらりと落ちていく。
散りゆく桜の花は儚さをまとい、一層綺麗に見えた。
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