小説 | ナノ

あれから彼女が姿を見せないものだから、学園を去ってしまったのでは、と心配になった。しかし杞憂だったようだ。

くのたま総出で清掃にあたっている倉庫のなかに、彼女はいた。
久しぶりに彼女を見た。ちょっとほっとした僕は、立ち止まってこっそりと様子をうかがう。

「花岡さん、そっち、持ってくれる?」
「うん。」

くのたまの一人が彼女に指示したらしい。
花子ちゃんは言われた通り、荷物の反対側を持ちにかかっていた。
彼女の苗字を知ったのはそれが初めてだった。花岡花子ちゃん、か。

そういえば、何故彼女は僕に苗字ではなく名前を教えてくれたのだろう。僕が信用に値する男だと、認めてくれたのだろうか。そうだとしたら素直に嬉しく思うが。


「はい、綺麗になりましたね。それでは、掃除は終わりです。各自解散してください。」

シナ先生が叫ぶと、途端に一帯が騒がしくなり始めた。くのたま達が、少しずつ倉庫からいなくなっていく。僕は少し歩み寄り、気まぐれから、最後に倉庫から出てきた花子ちゃんに見えるよう手を軽く上げてみせた。
彼女は気づいたはずだ。しかし、僕など視界に入っていないかのように通りすぎていこうとする。

「花子ちゃん、待って。」

咄嗟に、僕は彼女の右腕を掴んだ。

「やめてっ!!」

その瞬間、花子ちゃんの声が響き渡り、驚愕した僕は反射的に彼女の腕を放した。
着物の裾から、彼女の肌よりも少し白い包帯が覗いたのが見えた。

「あ、…ごめん、なさい。」
ハッとしたような顔をして、花子ちゃんはすぐに顔を無表情に戻した。

「いきなりごめん、僕の方こそ。花子ちゃん、腕を怪我していたんだね。掴んじゃったけど…痛くなかった?」
「…大丈夫、大丈夫だから。」

微かに彼女の表情が歪む。
僕には、その言葉が彼女自身に向けられているように聞こえた。



「黒木くんは、もう私にかかわらないほうがいいよ。」


ぽつり、呟かれたことば。
花子ちゃんは果たして自分が酷く悲しそうな、怯えたような目をしていることに気がついているだろうか。
ね、君はなにをそんなに抱えているの?



「かかわらないで、とは言わないんだね。」

僕の言葉に対して花子ちゃんが目だけをこちらに向けた。
少し意地悪なことを言ったな、と思うが気にしない。

「花子ちゃんが迷惑に思っていないのなら、僕がそんなことを言われる筋合いはないよ。僕は、僕がしたいようにするだけ。」


淡々とそれだけ告げる。
そうなんだ。
それだけなんだ。


「黒木くん。」
「なに。」
「苦しさと嬉しさと、悲しいのとが喧嘩してる。」
「そりゃあ、すごいね。」

彼女の表情は、無表情に戻っていた。


ねえ笑えとは言わないから。せめてそのままで。
絶対に閉じちゃ駄目だよ。




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