「好きだとか愛してるだとか、そんな言葉で思慕の気持ちを表すのがね。花子ちゃんはひどく抵抗があるんだって。自分の想いをそんなありふれた言葉で表現されたらたまらない。言葉にしたとたんにそれは、それじゃなくなってしまうからって言ってた。」
だからしろのことは大切だけど、それを言葉にしてあなたに伝えられない。
花子ちゃんが僕にはっきりと告げたその言葉も、理解できないよね、と小さく付け足した声も、僕はありありと思い出せる。
彼女は、この世界で生きるには正直すぎるのかもしれない。
「そうは言ってもさ。もし仮に、それが正論だとしたって。実際に月が綺麗ですね、なんて言葉で想いが伝わってたまるかよ。そんなの、ほんとうに綺麗ごとだ。」
少し俯き加減な三郎次から発せられた言葉に僕は苦笑いしかできない。
「確かにそうかもしれないね。でもね、三郎次。」
僕は、花子ちゃんの考えに共感しているとかそういうわけじゃない。
「大事な前提がひとつ、僕にはあるから。」
これだけ分かっていて欲しい。
「僕は、そんな風に考える花子ちゃんが、いとしくていとしくて仕方がないんだよ。」
三郎次は複雑な表情をして、視線を宙にさ迷わせた。
「…なんだか、俺が子供みたいに思えてきた。いつもぼけっとしてるくせに。お前と話すと、たまにこういう気分になるんだよな。」
「僕は、三郎次の考え方も、好きだけどなぁ。」
君が愛の言葉を嫌うなら
そんな言葉以上に身に沁みる僕の想いを
僕自身で表現すればいい。
「あ、しろ。いた。」
「花子ちゃん。」
「げ。花子。」
「なんだ、三郎次もいたの。」
「いちゃ悪いかよ。」
「別に。」
「あーかわいくねえな。お前。四郎兵衛を逃したら貰い手なんていねえぞ。」
「なっ!三郎次に言われたくない!」
もう見慣れたふたりのやりとりを、穏やかな気持ちで見つめる。
そうやって照れ隠しをするきみがね、僕は―
「しろ…?」
花子ちゃんの髪を優しくやさしく撫でて、自分の頬に滑らせる。
花子ちゃんの匂いがする。
「花子ちゃん。」
伝わるかな、
伝わるよね。
君の肌が朱に染まるのが見えるもの。
「ふふ。」
「へ、変なしろ。ね、外行こうよ。」
「うん。」
ねえ花子ちゃん。安心して。
大切な人のことを理解しないほど、僕はばかじゃないみたいだから。
前を歩く花子ちゃんの影をぐっと踏みつけて、僕は彼女の手を握った。
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