小説 | ナノ

私と浦風くんは、正式にお付き合いをはじめました。
信じられないけれども、本当のことなのです。



「花子さん、」

お昼を食べ終わって食堂を出ようとすると、浦風くんが前からやってきた。少しはにかんでいる浦風くんはやはり素敵だ。

「浦風くん、これからお昼なんだね。」
「うん。ねえ、花子さん、今日の夕刻暇かな。」
「うん、あ空いてるよ!」

思わぬ発言に動揺する。これは、お誘い、というやつだろうか。

「良かった、じゃあ一緒に授業の予習をしよう。」
「うん!…へ?予習?」
「うん予習。図書室でいいかな。」
「あ、うん、大丈夫。」
「じゃあまた後で。」

浦風くんに笑顔を向けられて、わたしの心臓の鼓動は気持ちに追いつかない。
それにしても、予習か、うん。まじめだな浦風くん。予習だって、立派なお誘いだよね。なんでガッカリしてるんだろうわたし。わたしのくせに。浦風くんに失礼じゃないかばか。

「見せつけんなよ藤内。」
「たっ…なんだよ、三之助…」
「藤内!顔が赤いぞ!」

後ろからわらわらと緑色軍団が押し寄せてきた。私は恥ずかしくて身を縮ませる。

「よっ、花子。」
「あ、作兵衛くん。」
「今日も仲良いことで。」
「な、からかわないでよ…!作兵衛くんのばかっ」
「そんな顔真っ赤にされて言われてもなあ。」

作兵衛くんはこの間から余計に私に遠慮がなくなった。うう。なんか悔しい。
恥ずかしさから逃げるように、私はそそくさと食堂を後にした。




浦風くんとふたりで、しかも他の人がいる中で会うなんて、初めてのことだ。
恥ずかしい恥ずかしい。大丈夫かな。浦風くん、わたしと一緒にいても恥ずかしくないのかな。

午後の授業は集中できるわけがなかった。
ゆっくりと、されど確実に時間は過ぎていく。


そして、落ち着かないままに夕刻になり、私は図書室の前にやってきた。

深呼吸しておそるおそる開けた扉の先に、萌黄色の装束は見当たらない。
浦風くん、まだなんだ。
がっかりしたけれど、それ以上になんだか安心して体の力が抜ける。

「そんな所に突っ立ってないで、中どーぞ。」

力が抜けた所で声をかけられた。
見れば、水色の装束の男の子がこちらをじっと見つめている。これは、確か忍たまの一年生の色だ。

「あ、ありがとう。」
「んー。先輩、どこかで見たことあるんですけど…」
「へ?」

うーん、と悩むつり目のその子。私、この子と話したことなんてあったかしら。
そのとき、後ろで戸の開く音がした。

「ごめん、花子さん。待った?」

少し息を乱した浦風くんが本を片手に立っていた。

「ううん。大丈夫。今来たところ。」
「よかった、じゃあ、始めようか。」

そう言って私たちは、近くの長机に腰掛ける。
浦風くんを見ただけで私の体は硬直して、熱を持ちはじめていた。

「あ、思い出した。」

不意に、さきほどの一年生の子が声をあげた。

「先輩、浦風先輩の許婚の方ですね。」

その何気なく発せられた一言の破壊力といったら、なかった。
人に面と向かって言われる恥ずかしさ。前に三年生の子に言われた時とはまた違う。
だって、今は本当のことなのだ。私は―浦風くんの、許婚。
浦風くんは、私とこんな風な噂になっていても嫌じゃないだろうか。それだけが気になって、私はそのまま閉口してしまった。

「そうだよ。よく知ってるな、きり丸。」

だから、当然のようにそう言う浦風くんの言葉が本当に嬉しかったのだ。
たとえもう知られていることだからしょうがない、という気持ちからでも、他人の前で事実を認めてくれた。そのことが私を安心させる。




その後黙々と、私たちは勉強を開始した。
いや、黙々と勉強をしていたのは浦風くんだけだったかもしれない。私は横に浦風くんがいるというだけで集中できなくて、まったく進まなかった。
たまに、浦風くんが「わからないの?」と声をかけてくれたりする。そんな時はゆるゆると首を振って曖昧に笑う。
実は緊張しているだけなんです。本当、気にかけてくれる彼に申し訳ないなと思う。
浦風くんは私が首を振れば、そう、と言った後にまた真剣に本を読み出す。偉いなあ。浦風くん。
浦風くんは私といても、別にそんな気持ちにならないのかな。

ふと出た、弱気な考えを慌てて打ち消す。ばか。私。
浦風くんはああ言ってくれたのだ。疑うなんて最低だ。

結局勉強に手がつかないままに、私たちの勉強会は終了した。



「じゃあね、花子さん。」

この後、一緒にご飯を食べれたらな、なんていう私の淡い期待は早々に打ち砕かれた。
浦風くんはさっさと荷物をまとめ、私に微笑んでぴしゃりと図書室の戸を閉めて行ってしまった。
取り残された私は暫く呆然としていたがゆっくりと、腰を上げた。

「淡白なんっすね。お二人とも。」

先ほどのつり目の子、確か、きり丸くんだ。きり丸くんが私に向かってそう呟いた。
その言葉がちくちくと私に刺さる。

「なんか大人の付き合いって感じで。言わなくてもわかる、みたいな。いいっすね。」

きり丸くんのその無邪気な言葉に私はぎこちない笑顔を向けることしかできなかった。
そんなわけない。
現に、私は浦風くんのことが何もわからない。

どのくらい真剣に向かい合ったら、大人の付き合いになれるのだろうな。答えの出ない疑問は頭の中でいつまでも回り続けた。




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