小説 | ナノ

※三治郎が黒い



「花子!新しいカラクリ作ったから見て!こっち〜」
「うん、待って三ちゃん!」

微笑ましい一年生の姿に、誰もが温かな眼差しを向けていることだろう。

「あ、伝七。」
「え、あ、花子、と三治郎…」
「やあ、伝七。」

僕を除いては。



「伝七、今日の委員会兵太夫が行けないんだって。だから後で一緒に行こー。」
「え?一緒に?」
「あ、嫌だったらいいんだけど…」
「いや、別にいいよ…」
「本当?ありがとう!じゃあ後でね。三ちゃん、行こう?」
「うん。花子、先に僕の部屋行ってて。すぐに行くから。」

その言葉に僕は少し肩を揺らす。
手を振る花子が見えなくなったところで、にこやかな顔のままの三治郎が僕のほうを向いた。

「伝七、花子の誘いに対して迷うとかクズなの?」
「ななんだよクズって、は組のくせに。ぼ、僕は優秀ない組だぞ。」
「じゃあクズの伝七くんは僕を抜かして花子と一緒に委員会に行くとか、なんなの?死ぬの?」
「だからクズじゃないって…しかも理不尽すぎる。三治郎、花子が絡むと人格豹変しすぎだろ。むしろ僕に対しての態度だけおかしいだろ!」
「何言ってんの。さっき敬称つけてあげたじゃない。」

同じ作法委員の花岡花子はコイツ、三治郎とすこぶる仲が良い。
それだけならば良かったのだが、三治郎の花子への依存っぷりが異常なのだ。
おかげで僕は花子と関わるたびに三治郎に睨まれる様になってしまった。

言っておくが、僕は別に花子に何かしようとか、そんなことを考えているわけではない。確かに花子は…可愛いし、付き合いたいとか、思ったり、する。
が、だからって恋仲になろうとかなんて思っちゃいない。そんなことを三治郎に言ってしまったら僕がどうなるやらわからない。

だから僕はこの二人が怖くて仕方がない。正直、関わりたくないのだ。
兵太夫もタイミング良く委員会欠席するなよ。三治郎のことアイツが一番わかってるだろうに。まさか、僕への嫌がらせか?…ありうる。十二分にありうる。

「じゃあ僕行くけど、花子になんかあったら…わかるよね?」

なぜ三治郎はこんな状況下でこんな爽やかな笑顔を貼り付けられるのだろう。
ある意味才能だろ。これ。

「ああ、クズ七くんのせいで花子との時間が減っちゃったよ。…ほんとクズ。じゃ。」

正直は組で一番怖いのはコイツだと僕は信じて疑わない。





* * * * * * * * * * *





「…伝七、わたし何かしたかな?」

結局僕は花子と一緒に委員会へと行った訳だが、三治郎とのこともありなんとなく僕は花子を避けていた。あからさまにならないよう気を配っていたつもりだが、どうやら甘かったらしい。
委員会が終わった後、花子は不安そうな顔で伏し目がちに僕に聞いてきた。

しまった。

この「しまった」はもちろん三治郎に対して、というのもある。
しかしそれ以上に特別悪くない花子にこんな顔をさせてしまった、という後悔の思いがじわじわと僕を責めたてた。

「いや、花子は何もしてない。」
「だって、伝七はわたしを避けてるもの。」

図星を突かれて、僕は動揺を隠しきれない。
花子がさらに眉を下げる。

「ほら。」

そのたった二文字の言葉の響きがなんだかとても切なくて、
僕は体がぐっと締まるのを感じる。

「違う、だって僕は花子が、」


――スパンッ



勢いよく開いた扉に僕も花子も驚いてそちらを見る。
現れたのは見知った顔だった。

「…兵太夫、」
「やっ」

突然のことで僕は混乱から抜け出せない。

―僕は、さっき、花子に何を、言おうとした?


「兵太夫、今日は来ないんじゃなかったの?」
「あれ?遅れるって言ったんだけどな。伝わってなかった?」

しれっと言うその声色からは、真意は読み取れない。

「花子、立花先輩は?」
「もう帰られたけど…さっき出て行ったばっかだから、いらっしゃるかも。見てくるね。」
「ありがとう。」

ぱたぱたと花子が駆けていった後に、兵太夫はため息をひとつ漏らした。

「ちょっと伝七、やめてよね。三ちゃんの機嫌悪くするの。」
「…向こうが勝手に突っかかってくるんだよ。」

さっきの言葉を聞かれていた恥ずかしさを冷ますために、僕はわざと冷めた声を出す。

「花子に伝えちゃうの?」

それが、さっきの"寸前の告白"を示しているのは明確だった。
返答に困る。僕自身、よくわからないのだ。
でも三治郎に花子と関わったことで睨まれるよりも
花子に悲しまれるほうが、ずっと嫌だ。それが確かなのはわかった。



「うん。」

意外にも僕に怯えはなかった。
花子は、さっきの僕の言葉の続きを待っていた。そんな気がした。僕の頭の中の花子が僕を勇気付ける。三治郎がなんだ、ドンと来い!


「伝七、」
「なんだよ。」
「…命は大切にね。」
「…」


僕が君の手をとるための決戦、は今から。

ぱたぱた、と耳慣れた音が廊下から聞こえた。

決戦日!

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