小説 | ナノ

貴女はぜんぜん、僕に気がついていなかっただろうけれど、僕は密かに君への思いを大きくしていたんですよ。

だって貴女、興味のないものに目を向けるのが苦手でしょう。そのお陰というかなんというかで、僕がどんなに君を目で追いかけても、気がつかないだろうなあという確信はありました。

それが寂しくもありましたが。


許婚の話は、僕は受け入れるつもりでした。ここで我侭なんて言う必要もないと思っていましたし。貴女へ想いを伝えるつもりなんてさらさらありませんでしたし。想いはこのまま僕の心の中にひっそりしまって、貴女の存在が色褪せるのを待つつもりでした。

それがまた、寂しいと思ってしまいましたが。



だから、父に許婚の方の名前が花岡花子と聞かされたときは、思わず聞き返してしまったのです。二回聞いて、忍術学園の同学年の生徒だと聞かされても、僕はまだよく理解できませんでした。そんなことがあっていいのか、と。
今思うと、理解できなかったのは、嬉しさで浮き立つ心が僕の考えを妨げていたせいでしょう。

少なからず、僕は気持ちが先走っていたのです。

貴女、すみません言い換えますね。花子さんと初めて顔を合わせたとき、覚えていますか?
僕は、あの時どうしようもなく嬉しかったんですよ。恥ずかしい話ですが、花子さんへの印象をよくしようと張り切っていたんです。

でも、緊張がほぐれてくると、花子さんの表情が暗いのが。よくわかったんです。そりゃ、僕は花子さんを見てきていたわけですから、喜怒哀楽の区別くらいできました。
よろしくお願いします、という言葉が。今でもよく覚えているんですけれど、その気持ちのこもっていない言葉が花子さんの口から出たとき、凄くなんて言葉じゃ表現しきれないほど、悲しかったんです。
驚きました。あまりにも、僕の心の沈みが大きかったことに。
自分でもよくわからないくらい、浮かんできてくれなかったのです。



花子さんのお父上は少し強引なところがある、
顔合わせを済ませた後に、父がぽつりと呟きました。
これには私も同感でした。あの場でも、花子さんを是非もらって頂きたいといわんばかりの盛り上げようでしたから。
娘さんも大変だな、と続いた父の言葉で、
見たくない事実を突きつけられましたね。花子さんは、乗り気ではないということを。


そこから、僕の今までの生活が一変しました。

今までの、こっそりと花子さんを見て少し嬉しくなる、穏やかな時間はなくなりました。心の中にそっとしまうはずだった花子さんの存在は、もはや決して目を背けてはいけない存在になってしまったのです。
できるだけ、くのたまに接触しない生活を続けることで、僕なりの答えを出すつもりでした。

それでも明けても暮れても僕は馬鹿みたいに花子さんを見たいとばかり考えていた気がします。冷静に答えを出せずよく分からないまま時間は過ぎていく。そんな日々に苛立ちを感じていたある日、花子さんが、突然作法室を訪れたのです。
僕は酷くまぬけな顔だったことでしょう。あの時は久しぶりに花子さんに会えて本当に嬉しかったですよ。何も考えていなかったですし、僕の答えは当然出ていなかったので。何をしたらいいのかわからず動揺するばかりで話しかけもできませんでしたが。

結局僕は避けた所で答えは出ないと開き直り、それからまた花子さんを目で追いかけていました。それでも、答えは出ませんでしたがね。



答えが出せないまま、なんとなく僕達の関係が一線をひいたものに確立されていることはわかっていたのです。慌てるなと考えれば余計に混乱する僕は、やはり予め準備しておかないと駄目なのかもしれないと自虐的になっていました。


それで…
花子さん、ある時期から突然作兵衛と仲良くなったでしょう。僕がうんうん悩んでいる間に、突然入ってきた第三者にさらに慌てましたよ。花子さんには、みっともない姿を見せてしまいましたし。はは、恥ずかしいですが、嫉妬していたんです。
とうとうその辺りで僕は気持ちが隠しきれなくなっていたようで、「最近、作兵衛に冷たくない?」なんて友人に言われたりして。
そろそろどうしようもなくなっていた僕はその友人に全部、話したんです。許婚のこと、花子さんのこと、作兵衛のこと、僕の汚い気持ちなんかを。その友人、あ、数馬って言うんですけれど、数馬は真剣に聞いてくれて、いくらか僕の気持ちは落ち着きました。
人に相談するっていうのは、少し気持ちが楽になるって本当なんですね。

何回か相談に乗ってもらっていたのですが、ひょんなことから、許婚の話が他の友人にも伝わってしまって広まったしまったのです。花子さん、僕と許婚なのかって、聞かれたんでしょう。左門は思い立ったらすぐ行動してしまう質で、迷惑かけました。
…いや、やはり僕が悪いんです。迂闊でした。まさか広まるとは考えていなくて。でも、僕は結局花子さんから逃げてばかりでしたし、こうでもならなければ動くきっかけがつかめませんでしたよ。
そして、僕が動こうとした矢先です。花子さんが僕とは許婚ではない、と言ったと、余計なことをわざわざ左門が僕に報告しにきました。

そのときは、ああやはり、という気持ちもあったのです。
それでも僕が答えを出すまでもなかったことなんだ、と思うと涙が溢れそうでした。
そしてね、ぐちゃぐちゃな気持ちであなたに許婚解消の話をされて、迷惑をかけたなんて言われてね。
迷惑をかけたのなんてこっちでしょう。そんな社交辞令みたいな言葉もうたくさんでした。

僕は、勝手に花子さんに振り回されている気持ちになっていたみたいです。気がついたら接吻していました。離れたときのあなたの酷く悲しい顔で、もうどうにもならないことをしてしまったのだと、…気がつきました。しかし、最低かもしれませんが、特に後悔はしてなかったのです。最後にこのくらい、なんて考えていたんですよ。


その分花子さんが倒れたと聞いたときに、後悔の波が一気に押し寄せてきました。
僕のせいだと責めて、花子さんの所に行くにも勇気が出ず、あの日天井からこっそり様子を見に来たのです。そうしたら、作兵衛の声が聞こえるじゃないですか。今更なくせに汚い感情が膨れて、そっと聞き耳を立てたのです。
そうしたら、予想外でした、僕の話じゃないですか。

「わたしね、本当は浦風くんが好きなの。」

泣きながら少しずつ言葉を繋げる花子さんが、これまた、予想外の言葉を続けるもので、僕は気配を消すのも忘れてしまったようです。勘違いに気がついた僕はもう花子さんに気持ちを伝えたくて伝えたくて。天井でそんなことばかり考えていました。

作兵衛は全てわかっていたみたいですね。あいつにも色々と迷惑かけましたね。
先日、じゃあ早く僕に気持ちを教えてくれればよかったのに、と言ったら、甘えんなと怒られました。確かにその通りです。

あ、話が逸れました。それで、僕は天井で考えた通りに花子さんに気持ちを伝えようと思ったのですが、結局考えた通りになんていきませんでしたね。花子さんからすれば不安だらけだったでしょうから、すぐに一番言いたいことを伝えるべきでした。


これが、僕の真実です。
だいぶ、すれ違ってしまいましたね。
想い人と無理に一緒になることがこんなに嬉しくないことだとは知りませんでしたよ。だから、お互い辛くなってしまったのですね。
でも、もう大丈夫です。僕は花子さんが好きです。一番好きです。
ですから、許婚の件、前向きにと。お父上にも伝えてください。
許婚解消についてはお聞きできませんとも。


それだけ言い切ると、花子さんは真っ赤な顔で、はいと頷いた。




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