小説 | ナノ

なんだか様子がおかしい。忍たまの方々に見られている気がするのだ。

「花子、あんたなんかしたの?」
「…いや、なにもしてないよ…」
「そうよねぇ、あんただものねぇ。」

気のせいかとも思ったが、くのたまの子にも心配されてしまった。
知らぬ間に何かやらかしたのかもしれない。困ったなぁ。あとで作兵衛くんに聞こうかな。

そう思っていたが、その前に原因は判明した。


「なあなあ、藤内の許婚ってほんと?」

食堂でご飯を食べていると、三年生の忍たまの子がいきなりやってきて私にそう聞いてきた。
箸を落としそうになる。


「…え?」
「ちょ、左門!おめぇ何を!」

隣には作兵衛くん。


あ、これか。
みんなが私を見てきたのは、こういうわけか。

「だって、作兵衛も気になるだろ?あの藤内に許婚がいるなんてさ。藤内は聞いても何も話してくれないし。怒るし。」

左門くん、という子はそう話す。


浦風くん。やっぱり、何も話してくれないんだね。

私はやっと決心がついた。


「…ううん、違うよ。私は許嫁じゃない。」

「そうなのか!?」

「うん。」

「そっかー。藤内をからかえると思ったのにな!作兵衛!残念だー。」

作兵衛くんが心配そうにこちらを見た。だめだなぁ、心配されるなんて。くのたまとして失格。ま、行儀見習いだしね。私は。

食堂の回りでもざわめきが増す。
これで、噂も終息するでしょう。浦風くんの耳にも入るでしょう。

「なんだ、あいつ。僕には許婚がいるからって、くのたまの実技の口吸い避けてたけど嘘だったのかよ。」

ふいに聞こえた声に少しだけ、
ほんの少しだけ嬉しがる自分には気がつかないふりをした。





浦風くんはどう思っているだろうか。私が嘘をついたことに。

わたしの足は忍たま長屋へと向かっていた。
浦風くんと、しっかり話をつけるために。


本当は逃げたしたくて逃げたしたくて仕方ない。
でも逃げてばっかりいられない。

こっそりと侵入して浦風くんを探す。
萌木色の装束に
黒い髪の毛、凛々しい顔立ち。


浦風くんだ。


声をかけようとして慌てて隠れる。
浦風くんがくのたまの子と話しているのだ。


「ねえ、いいでしょ?どうせ実習だし、忍者を目指すんだったら自ずと通る道じゃない。」

「…いや、僕は、」

「許嫁も嘘だったんでしょ?」

体が硬直する。
まさか、こんな場面に出くわすなんて。


「嘘じゃない、」

「え?だって…」

「嘘じゃないんだ!…わかったなら、行ってくれないか。」

くのたまの子が怒って通りすぎていく。
私は動くことができずにいた。決心を固めたはずなのに、今更期待という感情を持つ自分に吐きそうになった。

浦風くんは動かずに下を向いたまま。
一旦、出直そうと、もと来た道を引き返す。

「あれ、花子ちゃん。」


ついてない。早く帰りたいのに。

「綾部先輩、こんにちは。…では、急いでいるので。」

そう言って横を通りすぎようとする。
しかし、それは叶わなかった。綾部先輩の体に妨害されてしまった。

「どこにいくの?」

「くのたまの長屋です。通してください。」

「なんでここにいたの?」

「ちょっと先生に頼まれたんです!通してください!」

「あ、藤内。」

冷や汗が垂れる。後ろを振り向くことができない。


「じゃあね。花子ちゃん。」

そう言って綾部先輩は私を通りすぎていく。酷いよ先輩。



「…花子さん。」

私は観念して後ろを向く。どこか悲しそうな顔の浦風くんがそこにはいた。


「浦風くん、」

私は口を開く。

「…あなたには沢山、迷惑をかけてしまいました。…許嫁の話は、なかったことにしましょう。私が父を説得します。振り回して本当にごめんなさい。これからは、浦風くんの好きなように生きてください。」

それだけ言って、頭を下げる。
それからたっぷり時間をかけて顔をあげる。


その瞬間、



浦風くんが近づいたことを意識する前に、いきなり口に噛みつかれた。唇に当たる柔らかいものと、
口を割る、ねっとりとした感触。

浦風くん、と叫びたい口は呼吸するので精一杯。

わたし、浦風くんと口づけしているの?



訳がわからないままされるがまま、くずれた腰を浦風くんに支えられたところで、口と口が離された。


「う、らかぜ、くん…」

息を整えながら言葉を繋ぐ。

「実習なんでしょ?口吸いの。」

浦風くんも少し苦しそうに呟いた。その姿はなんだか色っぽい。

うそ、浦風くん、私が行儀見習いだって、知ってるでしょ?
なんでこんなことするの?
浦風くん、私が嫌いじゃないの?

わからない、
わからないよ。
浦風くん。

教えてよ、浦風くん。



浦風くんは私の涙を優しく拭って、くのたま長屋の前まで送ってくれた。
「僕は、謝らないよ。」
そう言って、浦風くんは戻っていく。

なんとか自室まで戻り、私は崩れ落ちた。訳もわからず泣いた。

わからないわからない
でも確かなのは
私がまだどうしようもなく浦風くんが好きということ。




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