小説 | ナノ

人と話すのが苦手だった学生時代のことはできれば忘れてしまいたい。けど、尾浜くんのことはちゃんと覚えていたくて。

かたんかたん、いつも通り揺れる電車の中で昔の自分を想像したら鳥肌が立った。あわてて顔を上げて窓ガラスに映る自身を見つめる。
身だしなみにも気を配れる。笑顔や会話を覚えて処世術も身につけ、社会的地位も得た。もうあの頃の私じゃない。ふう、と息を吐いた。今更不安になる意味は無い。普通の女性の自信がついて、やっと同窓会に顔を出してみようという気になったんだ。周りに揶揄される心配を考慮しても、私はどうしても尾浜くんに会いたかった。
下を向いてボソボソ会話していた過去の自分を振り払い、会場のレストランへ向かう道を歩く。別に他人にどんな噂話をされたところで平気だ。でも尾浜くんに私を否定されたら、結構堪えるかな。

「やっ」

俯いていると突然景色が遮られ、驚いて立ち止まった。障害物を見上げれば、それはなんと尾浜くんだった。にこにこ片手をあげて、私の方を向いている。早すぎる再会にびっくりしすぎて、鍛えたはずの会話が続いてこない。尾浜くんは背がぐっと伸びて大人びたけど、笑顔は変わっていなかった。

「あれ?...えっと、花岡さんで、あってる?よね?俺尾浜だけど...」
「あっ、うん、あってる。大丈夫、わかるよ。」
「良かったー!間違えたらと思って焦った。」

コロコロ変わる表情に砕けた調子を聞けば、一気に懐かしさがやって来る。同時にほっとして、私の心も温かさで滲みだした。

「尾浜くん変わってないね。」
「えー。」
「もちろん、いい意味でだよ!かっこよくなったけど、根は変わってないみたいだなって。相変わらずあったかい太陽みたい。」

慌てて伝えた言葉に満足したのか、嬉しそうに尾浜くんは笑う。私はこの笑顔に、このあたたかさに救われてきた。この顔で、何の隔たりもなく話しかけてくれた尾浜くんの存在は、当時の私にとってもはや神様だった。好意をこじらせ過ぎて、どこか讃えていたくらいだから。

「会場まで一緒に行く?」
「うん。」

あの頃の気持ちはどこか美化されていて、会ったら後悔することになるかもしれないとも思っていた。でも尾浜くんは尾浜くんで存在してくれていた。私の知らない長い時間を隔てても、根本は変わることなく。

「なんか尾浜くんに会えたから、もう満足かも。」
「あ、うん。...俺も。」

会えた感動と興奮でするする言葉が出てくる。そして尾浜くんはやっぱり、私の好意にきちんと合わせてくれる素敵な人だ。

「えーっと、」
「ん?」
「花岡さん、すごくかわいくなったね。前向いてハキハキ喋ってるし...ビックリした。けど俺が好きなところは変わってないなーって。」

オドオドしてたけど、昔から素直な言葉で気持ち伝えてくれたよね。花岡さん。

そんな予想もしないことを何でもないふうに言うから戸惑った。驚かされてばかりなのはこちらだ。尾浜くんは私のことなんて気にもとめてないとわかってるのに、勝手に熱が集まってしまう。
全く素敵にも程があるんじゃないか。そう思ってちらっと確認した尾浜くんは、照れたように目線をそらしていて、気まずそうにしていた。
瞬時に当たり前のことを理解する。そうか。私の太陽は神様でもなんでもなく、クラスメイトだった優しい男の人なんだ。その事実が更に頬を火照らせた。

「...そんなこと思ってくれてたんだ、ありがとね。」
「俺さー、あの頃より素直にもの言えるようになったんだよね。それ、花岡さんの影響だと思う。」

時間が作った空間を埋めるように、尾浜くんは喋りだす。自分では掘り返したくなかった、私のことを。きらきら輝かせながら。

「覚えてないかもしれないけど、あの頃にも花岡さんが俺にぼそっと、尾浜くんは太陽みたいだねって言ってくれたんだよ。それが嬉しくて、いまだにその言葉に引っぱられてる気がするんだよね。」
「覚えてるよ。」
「ホント?」
「うん。尾浜くんがそのことを覚えていてくれて嬉しい。」

忘れるはずない。ずっとその笑顔を覚えていたんだから。尾浜くん。きっとずっと一生、私の太陽。

尾浜くんが口を結んで丸い目で私を見ている。今日選んだスカートでもピアスでも、なんでもいいから、少しでも魅力的に見えているといいな。
でももう会場はすぐそこまで迫っていて、見知った顔がチラチラ見えてきている。もっとこの二人で歩く道が長ければ、時間がゆっくりゆっくり流れれば、いいのに。非現実的な願いは当然頭の中を通り過ぎていくだけだ。

「今みたいな花岡さんの、真っ直ぐ伝わる言葉が好きだったから、俺も真似しようって思ったんだ。というか思ってる。今も。」

尾浜くんが真っ直ぐ私の目を見て、そう言った。
なんだか嘘みたいで泣きそうだよ。自分でも寒気がして嫌だった過去の私を、尾浜くんは拾ってくれていて。ずっと大事に取っておいてくれたんだ。私が、もうあの頃の私を嫌わないで済むように。

なんて贅沢で幸せな時間なんだろう。

「ありがとね。本当に...ありがとう尾浜くん。」
「えっ俺がありがとう言う話なんだけど。」
「いいんだよ、昔の私を認めてくれたこと、私が感謝しきれないくらいだから。」

目頭が熱い。同窓会の時間は迫る。チラチラ感じる視線。困ったような、嬉しいような、尾浜くんの顔。みんなここまでだけど、それでも充分すぎるくらい。そのくらいのものを今尾浜くんにもらった。

「...それじゃあ、同窓会遅れちゃうから、もう行こっか。」
「じゃあさ、続きはこの会が終わったあとにね。」
「えっ、尾浜くんはこの後、みんなでどこか行かないの?」
「このまま花岡さんとお別れできないよ。後でデートしよ。」

なんちゃって。と照れ隠しでおどけた尾浜くん。私の特別な男の人。私でいいなら。昔より自信をつけた私がにこっと笑って返す。尾浜くんの太陽みたいな笑顔を、私もあの頃にわけてもらっているといい。


まねっこ

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