小説 | ナノ

就職先は無事に見つかった。
城に仕えるとはいえ、内部の管理を任されそうだと話をすると、タカ丸さんは「ふうん」とあまり関心もなさそうに言った。「ま、髪くらいならいつでも切ってあげるから」と言いながら私の後ろ髪に櫛を通している。彼なりの優しさが、最近になってずいぶんわかりやすくにじみ出てきたように思う。

「タカ丸さんは、幸隆さんの処から出ませんよね?」
「たぶんね。まあ、出るにしても行き先はわかるようにしとくよ。見習い忍者には酷だからね」
「滝夜叉丸さん、タカ丸さんが今後のことを話してくれないと文句を言っていましたよ」
「ええ〜めんどくさいから花子ちゃんから言っておいてよ。綾部くんには言っておいたのになあ」
「ちゃんとご友人には自分から言ってください」

ろうそくの火で映るタカ丸さんの手先の影が私の頭上を行き来しているさまを見ながら、私は笑った。すると耳たぶを引っ張られ、「痛いっ」と反射的に声が出る。

「元下僕のくせに生意気だよ」
「所詮元です。もう期待しても無駄ですよ」
「あーあ、そうだったねえ。花子ちゃんはおとなしそうな顔してとんでもない人だったから」
「褒めてます?」
「さあ?あ、切りすぎた」
「えっ!」
「はい嘘〜僕を誰だと思ってるの?」

耳の後ろでケタケタといじわるそうに笑う声。力を抜いたその声を聞くと、むっとするより先にじんわりと嬉しくなる。

「あーいい気分」
「やっぱり性格悪いですね」
「まあ花子ちゃんいじりも楽しいけど、違うよ。気分がいいってのは陽気の話。ここのところ酒も飲んでいないのに酔っているみたいで良い感じなんだ。変に覚醒して。フワフワして愉快だ」
「へえ?」
「結局僕も、馬鹿みたいなことを繰り返したいのかもしれないね」

静かに落とされた声には、先日の重みも弱さもない。今こうして本当におだやかな夜を、私はタカ丸さんと過ごしているのだ。

「孤独を知ってるなら、そういう煩わしさも心地よさも、きっと十分にわかりますよ」
「それって楽しいかなあ」
「楽しいにきまってます。楽しくないときも、楽しいになるんですよ。毎日夜は明けますから」

大丈夫。今日はいつも通りやってきて、こうして終わりを連れてきた。明日のことまでは知るわけないんだから、知らないでいい。昨日も今日も、いつだって繰り返し迎えてくれる朝があったから。ほらまたこうして夜が終わる。だから大丈夫。

「単純明快な、前向きすぎる答えだ」
「…褒めてます?」
「うん褒めてるよ。仕方なくね」
「そうですかそうですか」

ふっとタカ丸さんが私を見て、やさしく笑った。ひどい人には似合わない、泣きそうになるくらいにやさしい目をしている。それを見たら瞼の奥がじいんとにじむから、あわてて下を向いた。するとタカ丸さんの冷たい指がそれを追うように、私の頬をすべる。瞼を撫で、唇を撫でた。

「タカま、」
「目開けたら怒るよ」

少し低い、けれどやさしい声が鼓膜をくすぐる。吐息の気配がして、私は激しい幸福感に襲われた。今はこんなに近いところに、タカ丸さんがいる。ぐうっと締め付けられるあたたかさに身をゆだねた。

「ありがとう」

だから、似合わないですって。
言われ慣れない言葉に反応して、また涙腺が緩む。その隣でおだやかな夜は更けて。しずかに過ぎ行く。一日はひっそり終わっていく。
そうしてまた明日も明後日も、タカ丸さんとはじめまして。

end.


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