小説 | ナノ

「タカ丸さん。」

火薬当番の時を狙ってタカ丸さんの背後から呼びかける。しばらく経ってから背中越しに「...なに。」と小さな声がした。

「真面目に当番やってるんですね。」
「僕に下僕はもういなからね。」
「手伝いましょうか。」
「いらない。何しに来たの?」

目線は合わないけど会話はしてくれるみたいだ。冷たいのは相変わらず、というかタカ丸さんにわかりやすく優しくされたことなんて、一度もなかったんだった。

「別に、世間話しにきただけですけど。」
「うるさいからどっか行ってよ。」
「好きにしていいと言ったのはそっちです。」
「あっそ。」

それっきりタカ丸さんは黙った。時々砂のこすれる音と道具をひきずる重たい音が薄暗い空間に広がる。聞きなれているはずの音が妙に他人行儀だ。

「もうすぐ半月経つんです。」

返事がないのは承知のうえで、言いたいことを喋ることにした。

「どうしたらいいか、まだ迷っていたんです。そしたらついこの間、家から文が届きました。わたしを心配してくれる両親の言葉が並んでいて。わたしそれを読んで、意味もわからず泣いてました。変ですよねえ。それで妙に頭がスッキリしてきて。」

見慣れた字体を思い浮かべた。書いてあることはいつもと同じだったのに、暖かい言葉をはじめて受け止めたみたいな不思議な気持ちでわたしはそれを読んだ。ふわふわしていたわたしの気持ちにはじめて焦点があったのかもしれない。

「タカ丸さん、わたし家を出ます。卒業したら、家を出て働きます。」
「ドンくさいのにくの一になるの?」

いつの間にかタカ丸さんはこちらを向いている。驚きもせず馬鹿にもせず。じっとたたずんでいる。

「何か関われたらいいなとは思ってますけど。なりゆきではじめた火薬の勉強だってもっとやってみたいですし。まあその後の方向性はこれからもう少し詰めていくつもりです。」
「...へえ。自分には何も無いとかウダウダしてたくせに、よく言う。やさしい誰かが花子ちゃんに今後の道筋をプレゼントしてくれたのかい?」

タカ丸さんの表情がくずれて、やっと顔がよく見えた。怒ったような冷たいような、へんな感情の顔をしていた。

「自分で決めたつもりですが。強いて言うなら、タカ丸さんに色々とプレゼントしてもらいましたよ。」

その瞬間タカ丸さんが睨むようにわたしを射抜く。
ぴたりと射止められたわたしは、騒音の中たちつくす。ドンドンうるさいと思ったのは自身の心臓の音だった。タカ丸さんは無言でこちらへ来て、焔硝蔵の扉に手をかける。一瞬だけ目が合った。冷たい目。

「うるさい。もう帰りなよ。」
「あ、」
「あと今日の晩御飯のあと、時間あけて。花子ちゃんに言いたいことがあるから。」
「あ、はい。」

ぼそり一言、最後そうわたしに言い残して扉はがちゃりと閉められてしまった。残されたわたしは小さくなっていく音の波を静かに聞いてたちつくす。あたりはもう薄暗い。




←TOP

×