小説 | ナノ

嘘みたいな話だ。時友くんはそう笑い飛ばして、「でも現実だね。」とおだやかに付け足した。

「夢が叶ったね、おめでとう。」
「うん...」
「嬉しくないの?」
「嬉しいよ。けど、複雑なんだ。これは夢が叶ったっていうのかな?とか、ずっと考えてる。前よりずっと変に距離間を意識してる。」
「突然だからね。そりゃあ戸惑うか。ねえ左近。」

話を振られた川西さんはもぐもぐと口に詰められたサラダを咀嚼している。首だけがカクカクと上下に動いた。なんだかんだ言ってマイペースなその姿にわたしは吹き出してしまう。

「川西さんリスみたい。」
「わかるかも。」

心外だ、という顔をして必死に飲み込もうとする川西さんの姿を時友さんと見ていたら、サユリが不貞腐れてわたしをつついた。

「花子〜私の時友さん盗らないでよ〜そろそろ拗ねるよ?」
「わ、ごめんごめん!つい盛り上がって!」

冗談ぽくそんなことを言うかわいい女友達に席を譲る。時友さんはにこにことしていて、笑い合うふたりはお似合いだ。
そんな姿を見て、時友さんの夢はどこにあったんだろう。とふと思う。それはもはや誰も答えを求めていないことであるのに。所詮、夢はただの夢で、現実になってからはそれが現実。今になってそれを実感する。

「んぐっ僕はリスじゃないから。」
「あっ咀嚼おつかれさまでーす。」
「...能勢もそーだけど、花岡さんも僕を馬鹿にしすぎてるよ。」
「そんなつもりはないんですけどねえ。ところで今日三反田さんは?」
「先輩は......今日楽しみにしてたんだけど...運悪く車をトラックにぶつけられて。その後処理。」
「あっ......」

完全に察した。まさか今日は三反田さんの顔も見れないなんて。
三反田さんの不運を思い、よほど私が深刻そうな顔をしていたのだろう。川西さんが「花子さんが深刻にならなくても。」と笑った。あ、こんな風にも笑うんだなこの人。川西さんの表情を不思議な感覚で見ていた。これが懐かしいってこと、なのかな。

「そういえば池田三郎次と会ったんだっけ?」
「うん。」
「僕も話してみたいな。たぶん花子さんや能勢に会った時みたいに変な感覚になると思う。興味あるよ。」
「うん。またどこかで機会つくろうか。」

三郎次、この言葉に反応する体は正直で自分でも感心してしまう。ぺりぺりと内部をめくられ記憶から突然顔を出す感情にはまだ慣れずに、わたしは今ふうふう言いながら現実を渡っているところだ。はやくはやくと、記憶に急かされている感じがすると気分が悪くなる。三郎次くんにはそういうことを正直に伝えた。彼は私の話を淡々と受け入れ、「俺は待つよ。そっちに合わせる。」と言ってくれた。
最近はふたりで正体不明の恋心に振りまわされるのも楽じゃないねと笑い合えるようになってきて。やっと現実に落とし込めてきているように思う。

「楽しみにしてるよ。」

川西くんの無邪気に見える笑顔に、わたしは安心して同じ笑顔を返した。


*


飲み会もお開きになって、ユキと停まっていたタクシーに乗り込む。行き先を告げてしまえば気が抜けてしまい、アルコールが思考をぼかしていくみたいに感じた。隣のユキは甘えたふうにわたしの肩に寄りかかってくる。

「あーお腹いっぱーい。」
「飲み食べしすぎたねー。」
「花子さあ、もう能勢くんはやめたの?」
「え、最初から久作とは何も無かったでしょ。」

大きな目をこちらに向けてアッサリそんな話を振るユキに対して、余計なことを考える暇もなく答えた。

あの時、駆け込んだファミレスで話を聞いた久作は良かったな、と笑った。本当に、よかった。と繰り返した。あれ以来すこしだけわたしへの厳しさが和らいだ気がする。それもわたしには変に窮屈だった。けど久作がこれでいいって安心したような顔をするから。わたしはそれに準ずることにした。
ふと、久作にはわたしたちの誰よりも濃い過去の記憶が頭に住みついているのかもしれない、と思うことがある。けど、やっぱり久作のことはわかってるようでよくわからないことだらけだから真偽は不明だし、確かめるつもりもない。

「なーんだツマラナイ。じゃあ最近憂いを含めた表情をする花子ちゃんの恋の進展は?」
「...まあぼちぼちと。」
「だからぁ。そのぼちぼちを話しなさいよ。」
「今壮大なストーリーの序盤だから待ってて。」
「なんだあ妄想か...そういうのパス。」
「いや違うから!」

過去までまきこんだ不透明の未来に怯える乙女に対して、なんてひどい言い草だろう。けどこんな間違いない現実の明るさもわたしの未来を照らす光のひとつだっていうこと、ちゃんと知っているよ。
ふわふわした意識にさしこむ夜の街の明かり。今のわたしはここで生きてる。



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