小説 | ナノ

「花子さん、すごいじゃないですか。」

綾部さんの第一声はそれだった。
タカ丸さんにたてついてから数日。告げたセリフ諸々のことを思い返し猛烈に気恥ずかしくなった私は、目立たず大人しく静かにしていようと決意して過ごしていた。その矢先の今である。くのたまの私をわざわざ呼び出した綾部さんは、珍しく興奮気味に見えた。

「正直花子さんに期待していませんでした。」
「正直に言い過ぎじゃないですか?」
「褒めてます。」
「褒めてないでしょう。で、なんの話ですか。」
「もちろんタカ丸さんのことですよ。」

珍しく饒舌な綾部さん曰く、タカ丸さんに少しだけ変化が生まれたそうである。相変わらずぼーっとはしているが、あまりあからさまに作り笑いをしなくなったとか。
変化はそんなものか、と思ったけど、「これは大きな一歩です。」と綾部さんは熱っぽく語っていたので驚いた。綾部さんのこの珍しい熱の入れ方のほうがすごいと思う。

「いつも気だるげで他人に興味無さそうな綾部さんも、誰かのことでそんなに熱くなるんですね。」
「誤解です。僕は他人に興味が無いわけじゃないですよ。」
「でもそれ以上に穴掘りに夢中でしょう。」
「否定はしません。」

けど、と言って綾部さんは珍しく口ごもった。そうして黙ってしまう。無駄になってしまった”けど”を付け足す綾部さんに、思わず微笑んだ。

「私タカ丸さんと友達なんですよね。友達のことだから、それなりにやる気なんです。」
「友達?花子さん、ちょっと前までと言ってることが違いませんか?」
「人の考えなんてキッカケですぐ変わるもんです。それに声に出した言葉だけが真実じゃないですから。」
「詭弁ですね。」
「けど本音です。」
「そうですか。やっぱりあなた、愉快な人ですねえ。」

綾部さんは楽しそうだけど、ちっとも私にはその愉快さがわからない。やっぱりタカ丸さんのまわりは、タカ丸さんを筆頭におかしな人たちが集まってるようだ。そして綾部さんが言うには私も例外ではない、らしい。それが良いとか嫌とかそういうものではなくて。少しだけむずがゆい。

「じゃあ私はこれで。」
「そうだ、滝夜叉丸も三木ヱ門も、あなたのことをすごいとふれまわっていました。」
「そうですか。お願いですからふれまわるのはすぐに止めさせてください。」
「あと、その調子で頑張ってくださいとも。」
「はあ。まあぼちぼちやります。」
「あと。」
「まだ何か?」
「前方穴あるんで気をつけて。」
「え?...あああぁ!!!」
「おやま。」




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