小説 | ナノ

学園全体が華やかな色に包まれているようだ。
その一番の原因は、庭に咲き乱れる桜であろうが、派手な着物に身をつつむ六年生の姿もそこに色を添えている。

「何ボーッとつったってんだ。金吾。」
「あ…川西先輩。」

いつもの仏頂面だが、袴姿が新鮮に映る。

「卒業、おめでとうございます。」

「おー。」

川西先輩はフリー忍者の仕事の傍ら、薬の勉強をして医者になるらしい、というのは彼女に聞いた情報だ。普通の忍者になるよりも、川西先輩らしいと思う。

「川西先輩こそ、僕に構うより乱太郎とか、保健委員のところにいかなくていいんですか?」
「ああ、すぐ行くよ。…花岡を迎えたらな。お前も、待っているんだろう?」
「あ…はい。」

ニヤニヤする先輩に言い訳しないあたりは、僕も大人になった。


「しかし、まさかお前らが恋仲になるとはなぁ。」

「えっ!そうなの!?」

いきなり入ってきた声に驚いてそちらを見る。見覚えのある髪の毛が揺れている。


「あ、四郎兵衛先輩…卒業おめでとうございます。」

「あ、ありがとぉ。…て、ちがくて!金吾と花岡さんがそんな仲だったなんて!」

「まあ、仲良かったし予想できたけどな。」


「あの、先輩方、僕らは恋仲とかではありませんよ。」

「「え、」」
二人の驚きの声が重なる。


「だってよく二人で町に行っていたじゃないか。」

「まあ、町くらいは。」

「二人でご飯食べてたよね?」

「別に、二人で食べたからって恋仲な訳ではないですよ。」


淡々と答えると、川西が眉をつり上げる。

「なんだよ、お前。いいのかよそれで。」


川西先輩は優しい。
人のことを自分のことのように心配できる人だ。こういう人だからこそ、医者になってほしい。

「僕は焦って大事なものをなくしたくはないんです。」

その時、ひときわ大きな歓声があがった。

「あ、花子ちゃん…」
四郎兵衛先輩が呟く。
一斉に華やかな着物のくのたま達が庭に出てくる。そのなかで彼女はすぐに見つかった。

向こうもこちらに気がつき、手をあげて駆け寄ってくる。

「みんな、待っててくれたんだ。」

刺繍が施された淡い紫の着物がよく似合って、
先輩は、綺麗だった。

「花子さん。」

名前で呼ばれたことに驚いたのか、意外そうに先輩はこちらを見る。

「卒業おめでとうございます。」

深々と頭を下げる。

「ありがとう…」


「しっかし、化けたな。」

「あら嬉しい誉め言葉。」

「ほんと、花子ちゃん綺麗。」

「へへ、」

先輩達と話しながらはにかむ姿がまぶしい。


よく似合っていると、
綺麗だと
愛しいと
浮かぶ言葉は、僕の感情を表すにはあまりに陳腐で、気恥ずかしくて、口にできる言葉が見つからない。
あなたに伝えたいのに。


「金吾くん。」

なにも言えない僕に、彼女が話しかけてくる。

「どう?私にも、女の色気が出てきたでしょう?」

そう冗談めかして言う彼女の、あどけない笑顔の中にも女を感じてどきりとする。


僕は貴女が考えてるよりずっと、あなたを女性として見てきましたよ。自覚のない妖艶さも。幼い頃から変わらない無邪気さも。
もう、ずっと前から。


「そうですね。」


素直に返されると思っていなかったのか、目を丸くして彼女がこちらを見つめる。

それでもなんせ僕はまだ子供で
素直じゃないものですから
照れくらい隠させてください。


「…微々たるもんですけど。」


そう言うと花子さんは笑ってありがとうと言った。

「おまえ、素直じゃねーなぁ。」

「川西先輩にだけは言われたくないです。ところで、花子さん。」


そこは、できるだけ昔の皆本金吾は隠して。
あなたが好きな一人の男として。



「次はいつ会いましょうか。」



微笑みます。

そうしてここから、また始めましょう。




その振る舞いと一言で僕の思いは三人にしっかり伝わったらしい。

花子さんは顔を真っ赤にして狼狽し、
四郎兵衛先輩は口をあんぐりあけ、
川西先輩に至ってはご丁寧にその両方を。

やはり、五年分だけはしっかり大人になったようだ。


「じゃ、じゃあ俺たちはこれで。」

川西先輩が赤い顔のまま、四郎兵衛先輩を連れて早足で駆けていく。


「あ、」

「花子さん。わかってると思いますけど、」
もう一度彼女を呼んで一歩近づき

「僕は離れる気なんてさらさらないですからね。」

耳元で囁く。

今にも崩れそうな彼女は赤い顔のまま「ずるいよ、」と言った。それが彼女の照れだとわかるから。

僕は幸せを噛みしめる。




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