小説 | ナノ

もしかしたら通るかも。淡い期待を持ちながら座って寝そべっていたら、ガサガサ草をかきわける、およそ忍たまらしくない人の気配がした。まさかな、と思ってのぞいてみれば、そのまさかで。タカ丸さんは座り込んで自分のハサミを見つめていた。
私はタカ丸さんの気配を嗅ぎ分ける能力があるのかも。自分であきれながらも、少し嬉しかった。

「タカ丸さん」

少し緊張気味で声をかけると、タカ丸さんはゆっくりとこっちを向いた。感情の抜け落ちたような何も見えない目を見ると、ちくりと胸がいたむ。
偶然にもここは、私がタカ丸さんと二度目に話した場所だった。どす黒いタカ丸さんの笑みを見て絶望して、泣きそうになった場所。私とタカ丸さんの始まりの場所。

「ひどい顔ですよ」

そう言えばまた視線は外されてしまう。その手に握られたハサミは光を反射しきらきら光っている。特に錆びてる様子はない。道具の手入れはしているようだ。すこしだけ安心した。

「最近、女の子の髪も切ってあげてないみたいじゃないですか。私以外にも本音をぶつける気になったんですか?」

疑問符をつけてみるも、予想通りガン無視だ。あーひどい人。
ねえ知ってますかタカ丸さん。綾部さんも滝夜叉丸さんも三木ヱ門さんも、タカ丸さんの真っ黒の奥をすでに垣間見ていて、その上であなたを何とかしてあげたいと言っているんですよ。タカ丸さんだけ勝手にカラに閉じこもって逃げ出すのは、ひどいですよ。
だからひどい人なんて言われるんですよ。 私なんかに。

沈黙の中でタカ丸さんの目が、ゆっくり私の方をとらえた。

「今日はずいぶん上からモノを言うんだね」
「タカ丸さんが突然冷たい態度をとるからです」
「なんか勘違いしてない?最初から僕はメリットを優先しただけで花子ちゃんと仲良しこよししたかったわけじゃないよ。別に花子ちゃんを本気で信用なんてしなかったし」

ほら、こんなにひどいことを平気でいうんだから。私の足がショックで崩れ落ちそうなくらいガクガクしていますよ。どうしてくれるんですかタカ丸さん。そんなんで、本気でタカ丸さんを信用したくなる人が現れると思っているんですか?
思ってないんでしょ、どうせ。

「でも、少しは信用していたでしょう」
「いつにも増して呆れるくらいポジティブだけど、どうしたの?頭打った?」
「質問に答えて欲しいです」
「だから、答えは同じだよ」
「それは嘘です」
「は?適当な事言うといい加減怒るよ?」
「本気でぶつかって怒りもしないくせに」

タカ丸さんの双眼が私を冷たく見つめている。その冷たさがどんどん増していくのもわかる。その怖い顔、最初から苦手だったんでほんとに勘弁してほしいんですよね。冷や汗が止まらないんですよ。手の震えだって収まらないですよ。けれど私、それでもタカ丸さんに信用してもらいたいんです。

「信用してたって断言する理由は、私とタカ丸さんのこれまでの関係の中にあります」
「僕のことを知った気になってる、大変おめでたい思考だね」
「なんとでもどうぞ」

タカ丸さんだって、無意識に出てる優しいタカ丸さんのこと知らないくせに!
張りっぱなしの私の意地をみて、タカ丸さんは何も言わず目を伏せる。ほら、ここまで言われても本音でぶつかってこない。

「あのさ、もういいから。花子ちゃんはもう僕の下僕じゃないから、どこにでも行けばいいし好きにして」
「...そうですか」
「だから、いいから」

伏せられた表情を見せてはくれない。聞いたこともない弱々しい声をしていることに、タカ丸さんはおそらく気づいていない。

「下僕になんか、最初からなった覚えはないです」
「へえ、そうだったの」
「いや、最初は危うく丸め込まれるところでしたけどね。けど、今は私、タカ丸さんに脅されてここにいるわけじゃないですから。私の意志でここにいますから」
「ふーん」
「そこは私、ぜったい譲りません」

めんどくさくて理不尽で横暴で口は悪くてひどい人なタカ丸さんの隣に私は居たくて、タカ丸さんが私を引っ張りあげてくれたみたいにタカ丸さんにもしてあげたい。そういう勝手極まりない善意が私にはある。タテマエとタテマエの奥の暗闇の中に隠している弱さを、認めたいんです。

「あーあ。ここまで救いようのない馬鹿だと思わなかった。花子ちゃんを選んだのは、僕の人選ミスだね」

私の欲しい答えはくれない。そっとさみしく微笑むタカ丸さんは、ひどく不安定に見えた。




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