小説 | ナノ

「何考えてるのかよくわからないってさぁ、よく言われない?」

いつものアパートへの帰り道、もう薄暗さは通り越した夜のはじまりに、わたしは三之助に質問をした。すでに熟年カップルみたいな雰囲気を漂わせているくせに、何を今更そんなことを、と思うような質問だ。
三之助は特に何も疑問に持たず、「それよく言われる。週一くらいで。 」と答えた。表情の変化はいつも通りない。こんなだから週一のハイペースでそんなことを言われるのだ。

「やっぱりね。でも?」
「実は何も考えてない。」
「うん、それ知ってた。」
「だから。まあ、俺に余計な気遣いはきっと無用ってことだ、な。」

長年の付き合いだ。三之助がそれを口にすることは知っていた。三之助の口癖になりつつあるその言葉が、わたしはあまり好きじゃない。言葉では理解していることが所詮、言葉としてしか飲み込んでいない。そう気がついてしまう時というのは意外と多いものだ。特に三之助と関わるようになってからそれが顕著な気がする。三之助は本当に何も考えていないの?その飄々とした雰囲気に包まれた本当のところは、どうなの?そんな疑問が幾度となく溢れてくる。
そういう時に申し訳ない気持ちになるのが、きっと三之助の言う余計な気遣いなんだろう。それだって頭ではわかってる。三之助がわたしに何も隠していないことも、すべて気を許して隣にいてくれることも。ちゃんとわかっているんだよ。

いつまで経っても改善されない、点滅街灯を過ぎると部屋の入口が見えてくる。わたしたちの家に帰ってきた気分になる。そう、もうわたしは笑われそうなほどゆるゆるに油断している。今、不安や心配でいたいわけじゃないから。
幸福を叫ぶために、これからもきっとわたしは余計な気遣いをする。三之助はそれを笑ってたしなめるだろう。

「…なんだよ、こっちじっと見て。」
「なーんにもぉー」
「ハイハイ、お前のその神経すり減りそうな人を推し量る癖はいつになったら治るのかね?」
「さあね。」

指の骨で軽く叩かれたおでこと、暗がりの指のすき間にのぞく、少し目じわが描かれた三之助の顔が愛おしい。こうやって三之助の傍でできるだけ長く息をしていたいから。嘘でも治すもんか。

「さんのすけっ」
「んー?」

いとおしそうにわたしを見る、細くなった目はとんでもなくかわいらしい。がばりと背中から腕を回すと、「うおっ」って声がした。わたしの気持ちを背中に押しつける。少しずつ少しずつ、三之助のことをわかってきた実感が湧いてくる今が一番好きなんだ。

何度たしなめられてもわたしは何度でも繰り返す。そうすれば三之助はさっきの口癖を笑いながら繰り返すでしょう。それでいいから。
三之助が何も考えてないわけないって、わたしだけはちゃんと知ってるよって、ちっぽけな主張させてほしい。

歩いてかえろう

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