小説 | ナノ

なんだか穏やかな日々が続く、そう思いながら私はまどろんでいた。こんな穏やかな感覚は、ああ、そうだタカ丸さんと会う前以来か。自分の張っていた気が緩みすぎて、だらけていくのがわかる。緩まることを望んでいたくせにこうなってくると落ち着かないような。私の体の構成要素は揃っているのに、何か足りないような気がする。
ふっと、陽がさえぎられた。

「花子さんだー。」
「あー。」

射した陰をつくりだしたのは、いつかの裏切り者の綾部さんだった。癖っ毛なのか寝癖なのかわからない猫毛が陽にあてられてツヤツヤ光っている。それはやわらかな日差しにとてもよく合っていた。

「もー探しましたよ」
「えっなんで?」
「よだれ垂れてますよ」
「すすすみません」

慌てて顔に手を当てたけど、涎らしきものの感触はなかった。綾部さんは指を二本たて真顔で「だーいせーいこーう」と呟く。また騙されたらしい。本気でこの人は信用ならない。

「花子さん暇そうですね。いや暇ですよね」
「やっぱりそう見えちゃいますよね」
「予想通りです」
「あれ?嫌味ですか?」
「僕が嫌味を言う人間に見えますか?」

真顔で首をかしげられたので驚いて、ええ見えます、と言うタイミングを逃した。

「そんなことはいいとして、」
「あ、はあ。何でしょう」
「実は滝夜叉丸と三木ヱ門と僕は悩んでいるのですよ」
「ははあ、大変ですね」
「それで、ここは花子さんに何とかしてもらおうと思いまして」
「ん?」
「ここまで探しに来た次第です。で、二人とも、もうあなたを待っています」
「ん?」
「安心してください。ちゃんと待ち合わせ場所は競合区域ですよ」
「え?なんですかこの腹に回されたヒモは」
「ああ、滝夜叉丸が最終手段でこれをつけて引張ってくれば良いと、」
「もう最終手段使うんですか?話合いすらまともにしていなのに?ってかなんで忍たまの問題に関係のない私が行かなきゃならなあぁあああ!!待って待って待って走らないで!!ヒモ引っ張られるから!!」
「ほら走らないと引きずりますよー」
「ああああああああああ!!!」



そういえば私見たことがある、この縄を使う光景を。方向音痴の忍たま脱走対策にこれが使われているのを他人事として見ていた。まさか自分が使われる側になる日がくるとは思わなかった。
こうして私の少し退屈な平穏は、またしてもすぐに終わったのだ。




げっそりした私を見た四年生の忍たま二人は、綾部さんよりもまともな思考回路だったらしい。縄で繋がれた私を見て慌ててくれた。

「だ、大丈夫かっ!?」
「アホハチロー!!ほんとに縄で繋いでくるとは何事だ!」
「だって滝夜叉丸がそう言ったから」

会話が聞こえてくるが、ゼイゼイ言ってる私はそれどころではなかった。三木ヱ門さんが差し出してくれたお水を頂き、まともな優しさに感動しつつ息を整えた。

彼らの謝罪と説明によると、綾部さんは「縄を使ってでも連れてこい」という比喩表現を実践したらしい。うん…突っ込むのも疲れるしもういいや。と思える私は相当強くなったと思う。これもタカ丸さんに鍛えられたお陰、といえば聞こえだけはいいか。

「それで、どういったご要件でしょうか」
「オホン、私が説明しよう」

ずい、と薔薇を背景に出てきた綺麗な顔の滝夜叉丸さんは、案の定というかなんというか、タカ丸さんの話題を出してきた。やっぱりかと思う。

「ここのところ、何かボンヤリしているようなのだ。いや、それも最近は話しかけられるのを拒んでいるようにさえ思う。千輪を扱わせれば学校一、優秀忍者滝夜叉丸にとってもこれは厳しい問題でな」
「まあお前に限っては、タカ丸さんもうざったい自慢話に飽きて避けているんじゃないか?」
「何い?三木ヱ門!お前だってどうでもいいユリコだのサチコだのの話ばかりしているからタカ丸さんに避けられるんじゃないのか!?」

突然わけのわからない言い争いで睨み合いを始めたふたりを見て、マトモな人など世界には数少ないのではないかと思い直してきた。無意識に額に手がいった。

「だーかーらー。困った僕らはタカ丸さんととっても仲の良い花子さんを連れてきて事情を聞こうと思ったわけです。ほら、縄でつれられてきてもおかしくないくらいの重要事項でしょう?」

可愛い顔で綾部さんは私を見上げてくるけどそれには同意しかねる。なので頷くかわりに口を曲げて見せた。
それに私だってタカ丸さんとは、ここ最近ずっと会っていない。それが最近の奇妙な穏やかさの理由である。主が下僕に命令し従わせる。その関係に、主からの命令や脅迫が無くなって、あとに何も残らなかったということだ。
タカ丸さんは委員会でもどこかボンヤリしていて、笑顔なのに誰も目に映していないような、奇妙な雰囲気を漂わせている。おそらくは、教室でもそうなのだろう。知らずと溜め息が出た。

「申し訳ないですが私も皆さんが知ってる情報しか知りませんよ。タカ丸さん、火薬委員会でもぼーっとしてますし、とにかく私には絡んでこないです。前までは厳しい反応があったんですが、今じゃ心配して話しかけても私だけ無視されるし。困ってます」
「無視か……花子さんは俺達よりも状況が悪いんじゃあないか?こちらは一応挨拶くらいなら返してくれるからな。目は笑ってないが」
「タカ丸さんも、突然下手くそになっちゃったよなあ。前はあんなに繕い上手だったのに」
「きっと疲れちゃったんだろうねー」
「では今度は私の最新武勇伝を伝えてみるとするか。長期休みで私が山賊と遭遇した話だ。華麗に舞い上がった私は、」
「お前それ絶対逆効果だからやめろよ」
「なんだと三木ヱ門!」
「花子さんももうちょっと頑張ってタカ丸さんと関わってみてください。ゴロゴロ日向ぼっこしてる時間をもう少し有意義に使いましょう」
「そうですね、暇すぎますしね」

全く解決方法を導き出す気のない会談は耳障りでもない。そういえば私もマトモな人間の自覚はなかったと気がついた。やっぱりマトモな人は実在しないのかもしれない。それくらいじゃないと日常は回らないんだろう。
いつの間にか始まった滝夜叉丸さんの自慢話を聞き流しつつも私はタカ丸さんの弱味を握ったような気分で上機嫌だった。突然私を放り出したタカ丸さんに意地悪をしてやろうとたくらむ私は、やはりマトモな人ではない。




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