小説 | ナノ

背中に流れる汗をむずがゆく感じて背筋を伸ばしたら、ちょうどひゅるん、と頼りない音がした。
わたしはきっと締まりのない顔で「わー」と何も考えず言ったけれど、久作もおんなじように間抜けな声で「おー」と言っているのが聞こえたのでレベル的には同じである。わー、やおー、とひどい語彙でしか表現できないところが花火に申し訳ないが、一瞬の火花がきれいなことに変わりはない。がやがや忙しなかった人ごみがいっせいにひとつになって、きっとこの夜空を見上げているんだろう。

3個目の花火が上がったところで、こっそりとスマートフォンで久作の横顔と花火のきれはしを写した。2回シャッターをきって、すぐにそれをしまう。ずっと撮っていれば「自分の目でしっかり見ろよ。」って、どうせ久作に怒られるのはわかっているからだ。

「いまの花火は色々あるんだなー。今の、動物の顔だったよな。」

そんなわたしの行動など気にも留めず、間延びした声で久作がつぶやいた。
色々なものに疎そうな久作でさえこんな風に夜空を仰いでいるんだから、まったく夏の花火の力は偉大だ。おそらくどうやってもわたしは今この一瞬に勝てないだろう。
見上げた夜空に、今度はスターマインの列が散る。火花の軌道にそってはかなさが溶けていくのを呆然と見送る。実際わたしだって一瞬のうちにこんなに見とれている。
ううん、やめよう。だいたい、わたしと花火を同じ土俵にならべている時点でばかげた思考だ。

「きれいだね。」

けれど月並みな感想には本音と、恥ずかしくも少しの嫉妬がこめられてしまった。
一体すぐに言葉に感情が乗ってしまうのは、どうしてなんだろう?信頼?それとも油断?願望?ぜんぶ言い訳みたいに聞こえる。だってわたしの夢見る理想の彼女はそんなことしないし、わたしのなりたい大人だってそんな薄汚い感情などすぐに飲み込めるから。
こうやって理想はどんどん詳細に作られていくくせに実際は形にならないものばかりなんだ。わたしはできるだけ早く、一瞬をうつす久作の目にうつらなきゃいけないっていうのに。
どーんどーん、鳴り響く音にどよめく周りをふて腐れて見て、時間が経つにつれ見慣れてくる花火を見て、次に久作を見たら久作はこっちを見ていた。

「なんでそんな落ち着きないの。」
「浴衣のイケメン探してるから。」
「うそつけ。」
「あいたっ」

くしゃっと顔をつぶして小突いてくるあたり、わたしが久作しか見ていないことなんて明らからしい。ああもう。わたしの行動ぜんぶ久作の想定におさまっていて何も起こらないのがくやしくて、そうやってわたしはこの人に甘え続けるのだろうかと思うだけで涙が出そうだよ、ばかやろう。だってわたしはどうしても久作が大好きだから。

鳴り止まない連続花火の低い音が慣れになってきている、そのおかげで久作が今わたしを見てくれている。その事実がここにあったとしても。それでもわたしは、わたしの作り出す日常のどこかにあなたのはっとする一瞬があって欲しいと思うよ。




「なあ、ここ座らないか?」
「うん。少し疲れてきたね。」

しばらく花火を見つめた後、彼の提案通りその場へ腰を下ろした。隣から馴染みの汗のにおいがする。その次に久作の肩がわたしの肩にぶつかって、そこに重みがかかるのを感じた。

「ああ。いいなあ、良い夏だ。」

甘えてくるなんてめずらしい、と思っただけで、わたしの口から久作に続く言葉は出てこなかった。嬉しくて少し、ふわふわしているっていうのもある。
目線が低くなったからスターマインは人影で少し隠れている。けれど、連続する花火を見慣れてきたおかげで先ほどより色形が冷静に見られるようになってきた。はっとする。夜空で無数のちいさな光の粒が、大きな模様を描いているのだ。暗闇の空間の背景に助けられながら、自分の力以上に大きな仕事をこなしている。

「ここが、幸せだ。」

左から聞こえてきた低い声のやわらかさから、久作が少しほほ笑んで目を閉じている様を想像した。夜空にパアンと赤い粒がはじけて、パラパラ暗闇に散っていく。嬉しくて泣いてしまいそうになりながら、「きれいだね。」そっとつぶやいて、わたしは隣の彼の照らされたまぶたに唇を落とした。

スターマインの背景



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