小説 | ナノ

かつん。買ったばかりの銀色サンダルが高い音をならしてオレンジ色の人混みを行く。いつもよりも不安定な足元は、勢いだけは十分と言うように前へ前へと進んでいく。少し後ろに彼のスニーカーを連れて。
わたしはぐるりと屋台を見まわしてから、彼の方を向いた。

「シロちゃんは、なにたべる?」
「ん〜と、そうだなあ、えーっと、」
「はい、じかん切れーーー。では、わたあめを買いましょう。」
「え!締め切るの早くない!?」

ごめんね、だってわたしはそんなに悠長なほうじゃないから。勝ち誇ったような笑顔を向ければ、ふわふわ髪のシロちゃんは眉毛を下げてわたしの手を優しくとった。
緩んでいきそうな頬に、早鐘を打つ胸の内。目の前に、優しいシロちゃん。嘘みたいに優しいわたしの彼氏さまだ。わたしをまるごと受け止めてくれる姿勢、溶けそうな笑顔は、ぜんぶわたしが望んでいるものを完璧に満たしてくれる。受け取った甘味を返すようににっこりとほほ笑んで悦に入りながら、繋がった手に力を入れた。

「かき氷、クレープ、たこやき…」
「わたあめは、ないねえ。」

店の商品を呟きながらわたしが勝手にぐいぐい引っ張っている手は、ほどけそうなほどやんわりと繋がれている。それはほんの少しの刺激で外れてしまいそうな温度で、雰囲気で火照ったわたしの体を余計に高揚させるのだ。

それにしても夏祭りは、どうしてこんなにも熱気で溢れるんだろう。この熱さが不思議でいて、同時に心地よい。みんなの高揚感が空気に伝播して雰囲気になるさまが、わたしの視界いっぱいに見える。押し寄せる人はオレンジの光の下で鮮明にうつり、ひとりひとりの情報が細やかにわたしの脳に入ってくる。ジャリジャリと靴が擦れる音のなかに紛れて流れる浴衣が、広がる視界を彩る。

「…やっぱり、わたしも浴衣がよかったかなあ?」
「ん?花子ちゃんの浴衣も見たかったけど、今の格好も似合ってるよ。それに、わたあめを探し回るには動きやすくていいんじゃないかな。」
「…ありがと!」

茶化すような甘い言葉に、わたしは素直に顔を赤らめる。ちらりと見上げたシロちゃんの頬はオレンジに照らされていた。気合いのいれ具合の絶妙さを追求した結果の、シロちゃんが今しがた誉めてくれたわたしの黒のハーフパンツは既に暑さでしめり出している。今日は蒸しあついね。と言ったらシロちゃんは「そうだね。」と返してわたしの指の間をなぞった。わたしは焦って、咄嗟に大きな声をあげる。

「あっわたあめ。」

くん、と急に引っ張った頼りないつながりは、それでもほどけずに優しくわたしに寄り添う。わたあめの屋台を指さすと、シロちゃんはにこにこ笑って、こくんと頷いた。



*


「シロちゃんは、いらなかったの?」

はふ、とかぶりついた綿から、甘みが染み出してくる。溶けていく糖を舌先で感じながらわたしは問いかけた。人ごみから少し外れた石段で、わたしは銀色のサンダルを投げて座り、シロちゃんはその場にずっと立ったままだ。

「うん。実はね、あまりおなかがすいてないんだなあ。」
「そうなの。」
「うん。」
「座らないの?」
「うん。大丈夫。」

はふ、鼻先に触れる菓子の独特の甘い香りがする。のどが渇いたな、と思って、わたしはシロちゃんにまだ半分残った綿菓子を突き出した。

「これいる?」
「ううん、いらない。花子が全部食べなよ。」
「そっか。シロちゃんは綿菓子、好きそうだと思ったから。」

シロちゃんは丸い目を大きくして、わたしを不思議そうに見た。わたしの言葉が意外だったに違いない。それがおかしくて、わたしはにやにや笑う。

「どうしてそう思うの?」
「だって、ふわふわしてて、あまーくて優しくて、ね?まるでシロちゃんみたいでしょ?」
「そう思う?」
「思う。」

笑顔を崩さないでいれば、シロちゃんは眉毛を下げた。眉毛の下の細められた目はわたしを見ていて、わたしはただ笑顔でそれを見つめる。とっても愛しくて、ふわふわの砂糖菓子みたいなわたしのシロちゃんを。

「うーん、実は綿菓子は好きじゃないんだあ。」
「おいしいのに。」
「だから、全部花子が食べてよ。」
「はーい。」

大きな口を開けて綿を含むとジワジワ溶けていく。わたしの口内の水分が吸い取られていくさまに、わたしは夢中になる。甘くて甘くて甘くてとってもおいしい。

「僕も、屋台行ってこようかな。ちょっとひとりにしちゃうけど、大丈夫?」
「うん、待ってる。何かうの?」
「リンゴ飴。」

ふうん、とつぶやくわたしと綿菓子を置いて、ふわふわのシロちゃんはオレンジの光の方へ行ってしまった。わたしはまだまだ残っている綿をほおばる。さっきから全く変わらない甘い味。わたしの大好きな味。優しくないもの、自己嫌悪や意外性の不純物、わたしから安らぎをうばうものは、少しだっていらない。
わたしはシロちゃんの姿を思い起こして、ひとりで思い出し笑いをした。でも決して侮蔑ではなく、親しみと恋情を込めて。わたしと同じ行動をとることにおびえつつも、希望を提示しないその姿を描く。わたしが大好きなやさしいシロちゃんを。



そのうちにわたしの口は綿を運ぶスピードをずいぶん落とした。綿菓子はだいぶ小さくなってきたから当然と言えば当然だ。手のひらに収まる程度になってきたあたりで、シロちゃんが赤い飴をもって帰ってきた。ただいま、と言ったシロちゃんは艶やかな赤い色を見て、満足そうに包装を剥がしている。その姿にわたしはふと疑問を感じて首をかしげた。

「…そういえばなんでリンゴ飴なの?」
「僕が好きだから。特に、まんなかの酸っぱいリンゴが。」

いつも通りふわっと笑ったシロちゃんを見て、わたしは残りの綿菓子を落としそうになった。そしてそれを投げつけたい衝動に駆られ、グシャグシャ おもいきり綿菓子の袋を握りしめた。シロちゃんはそれに気がついているのかいないのか、ただただリンゴ飴を舐めている。齧ることもなく丁寧に。黒のショートパンツにまた汗が滲む。

わたしはもう動揺を隠しきれないで、さっきまで幸せいっぱいだった口の中は甘ったるくて気持ちが悪い。飴は甘いね、シロちゃんが小さな声でつぶやいた。

したたかなきみのやさしさ



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