小説 | ナノ

半月、とはいったものの、たかが半月だ。どうしたってすぐに過ぎてしまうだろう。私はこれから何をして過ごそうか。何で生きていこうか。前を向いたはいいものの、答えが出るわけではない。ただ余計な力が抜けただけ。ただそれだけ、されど一変化、である。ただ変化に甘んじてはいけないと、私はタカ丸さんの暗黒微笑を思い浮かべた。

「花子さん。食堂、早くいきましょう。」

思考を飛ばしていた私を呼んだのは伊助くんだった。
慌ててエプロンを下げ、彼のもとへ急ぐ。未来は不透明、しかし毎日はこうも緩やかだ。笑ってしまうくらい。



*



「さーて、これが、昨日俺が作ったお手製豆腐だ!皆遠慮せずに食べてくれ!薬味はここ、醤油はここ。田楽もあるぞ。さあさあ。」

机に座った私たちに向かって、久々知先輩は眩しい笑顔で説明している。そう、今日は豆腐パーティーなのだ。私とタカ丸さんが仲直りしたことを喜んだ久々知先輩が企画してくださったのだが、本当に豆腐しか並んでいない。流石豆腐小僧、期待は裏切らない。

「この間は、三郎次先輩が辛い薬味をかけてしまったから大変でしたけど、今日は何事もなく食べれそうでよかったです!」
「伊助コラ喧嘩売るな。」

じゃれている下級生はなんとも微笑ましい。が、私の隣に座っているタカ丸さんは何故か心ここにあらず。おろし生姜一点を見つめたままである。

「タカ丸さん、おはしどうぞ。」
「あぁ、ハイ。」

そう言って私から箸を受け取っても、まるで意識はそっちのけ。ぼんやり虚空を見つめている。何かタカ丸さんの機嫌を損ねるようなことをしただろうかと必死に考えをめぐらせてみたが、覚えがない。今度こそ確実に。

いただきます!の合図で賑やかになる食卓でもタカ丸さんの目が虚ろだったので、私は冗談のつもりでタカ丸さんの豆腐に三郎次くん直伝(らしい)辛い薬味を無言でたんまり乗せてみた。タカ丸さんはその豆腐に箸をつけ、ぴたりと止める。そしてチラリと私を見た。

「…これはパイ投げならぬ豆腐投げ用かな。花子ちゃん体張るねえ。鼻の穴めがけて遠慮なくいいのかな?」
「アッその発想なかったです…あの、違いますタカ丸さんに辛いもの食べて元気だしてもらおうと思って…あの構えないでくださいひいいいい。」
「最近また調子乗ってるよね?」

タカ丸さんの後ろに黒いものが沢山見えたので、私は早々に観念し額を床にこすりつけた。足蹴にされるかとびくびくしていたが特にその気配はなく、おそるおそる上を向いた。するとタカ丸さんは複雑そうな顔をして、私を見ていた。
そんな様子に戸惑ってこちらも言い出す言葉を見失い固まってしまう。沈黙が落ちた。なんだろう、今まではこんな空気一度もなかったのに。

「コラアアア!!!」

激昂した久々知先輩の叫び声が私たちの間に入るまでその気まずさは続いた。突然の怒声に驚いて振り向くと、久々知先輩はタカ丸さんの方を向き、たぶん私が今まで見た中で一番冷たい雰囲気で睨んでいた。タカ丸さんは少し動揺しているようで、一歩後ずさっている。あのタカ丸さんを動揺させる久々知先輩すごい。

「豆腐を!粗末に!しないでください!!」
「ご、ごめんね兵助くん。でも花子ちゃんがこれを投げてって僕に差し出したから…」
「ゲッ」
「花岡さん…あなた、豆腐を何だと思っているんですか…?」

なんとタカ丸さんは私を餌にひゅるりと身をかわしてさっさと逃げていった。そして「美味しいね!」とか「兵助くんの豆腐を粗末にしようとするなんて信じられない!」とかあからさまに付け足しながら下級生と楽しそうに喋りだしている。さっきの複雑そうな顔をしたことなんて忘れてしまったように。そうして久々知先輩の敵意は完全に私に押し付けられた。
こんな風にやっぱりタカ丸さんは、とても悪くて、とてもひどい人です。




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