小説 | ナノ

緑色に光るボタンを押すと、ミネラルウォーターが落下した。いつの間にか自販機は一律10円値上げしていた。ついてない。

一口飲んで久作に手渡すと、何を思ったか久作は飲み口を下にしたボトルを頭の上に振りかざした。透明な液体が重力に従って前髪、額へと落下していく。わたしはぼうっとこぼれ落ちる水を見守った。

「…あーさっぱり。」
「うわ勿体なー」
「はい、ノコリやるよ。」
「いらない。飲んでいーよ。」

残った水が久作の喉を通るのを確認して、わたしはささっとタオルハンカチを差し出した。どうだこれが女子というものだよワトソンくん。しかしそれに見向きもせず久作は自分のスポーツタオルを取り出している。

「ちょっとワトソンくん!酷くないですか?」
「そんな小さいタオルじゃ拭けないだろ。それから俺はワトソンじゃない。」
「だからってわたしの優しさを無下にするなんて〜酷い〜極悪人やでえ…」
「ハイハイ。」

テキトーにあしらう久作はいつも通りで、テキトーにグダクダうるさいわたしもいつも通りで、たぶんわたしは拍子抜けしていたのかもしれない。久作はわたしの知らない何かを知っていて、それにはあの川西くんが何故だか絡んでいる。その事実がここにあっても、突然ドラマティックな展開に転んだりはしない。現実はやっぱり厳しい。
それでもわたしたちは同じ道を行く。わんわん叫んで辛くて、それでも諦められないから笑うしかないバカなやつらだから。

「バカみたいだね。わたしたち。」
「でも降りないだろ?」

にやっと口元だけ笑う久作はすっごくいやらしい。もちろん性的じゃない意味でだ。ここは重要なので勘違いしちゃいけない。わたしは負けじと口を曲げて、力一杯頷く。
笑うしかないところまで行った記念に明日は川西くんに初めてのお電話をすることにしよう。知り合いかつ初対面な久作と、3人のディナーなんて誘ってみたらどうだろう。まあお金ないしファミレスだけど。そこでドリンクバーを頼んで、ピザを食べる。そこで川西くんが氷たっぷりのメロンソーダを持ってきて。ズルズルって吸ったら、明日はメロンソーダ記念日。なんてね。そういうちっぽけなユートピアが、わたしの暗闇をすこしずつ照らして晴らしていく気がする。

わたしの夢の偏屈王子さまに会うのはそのあとの、きっといつか、でいい。




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