いつものように久作は部活に行ってしまった。
「ね〜ユキちゃんサユリちゃん、ピザ〜」
「へえダイエット中の私に喧嘩売ってる?それとも悪口?」
「これから時友さんとデートとりつけたからパス。」
まだ何も説明していないのに見事なまでに切り捨てられた。思えばわたしは誘っても快い返事をもらえたことがないような気がするぞ。遺憾である。
ふーんだいいよひとりだって。本屋で新刊買って帰って読むからいいよー。べつに。気にしてないしグスグス。
「そうだ川西さんだっけ?あの人どうなったの?」
きらきらにデコレーションされた手鏡を見て、髪の毛を直すユキがついでみたいに聞いてきた。実際ついでだとは思う。置場所に困った視線をスマートフォンへずらした。
「川西さんは宇宙系男子だから絡みかた模索してる。」
「へー。水かぶってた人は?」
「三反田さんのその後はわからない。お祓い行ってるといいんだけど…」
「へー。」
名字さえ忘れ去られている三反田さんについては、お察し下さい。
*
新刊とからあげくんを買って寂しくひとりで帰宅すると、わたしの部屋の前にサブちゃんがいた。階段をのぼる足を止めてしまったのは仕方ないと思う。
ドアの前で腰かけるサブちゃんのまっすぐ投げ出した足が、長い影を作って揺れていた。黄土色の大きめのパーカーのフードをかぶって下を向いているから、表情まではわからない。
「サブちゃん。」
少し緊張して声をかける。大きな目がこちらを向いた。わたしに気がついたサブちゃんはすぐに腰をあげて立ち上がり、黄土色のフードを揺らした。
「花子、遅いじゃん。」
「どうしたの?こんなところで座りこんで。冷えてきたから風邪引いちゃうよ?」
「ん。」
聞き分けよく頷いたサブちゃんの背は、思ったよりも高かった。頭の上に右手をそっと置くと、ぴくりと小さな肩が揺れて遠ざかる。
「あったかそうなパーカ着てるね。わたしも春物欲しいな。あ、そうそうからあげくん一緒に食べる?新しい味が出てるとついつい買っちゃうんだよね。企業の戦略にまんまと踊らされてる感じがするよ〜。サブちゃんはからあげすき?」
睨むサブちゃんに対して、わたしの口は不思議なほど滑らかだ。わざわざ屈んでサブちゃんを見上げてみると、大きな黒目がまっすぐにわたしを見下ろしていた。その目を見たらやはり居心地が悪くて、毛布をかぶりたくなってくる。
すると警戒心を解くようにサブちゃんが結んだ口をほどき、白い歯を覗かせた。
「別に嫌いじゃないから、もらってあげてもいいよ。おまえが一人寂しくぜんぶ食べたら、デブになって困るだろうしな。」
「あらサブちゃん、そんなこと言っていいのかなー?お母さんに塾サボったこと言っちゃうぞ〜」
「え?久作のお兄さんにいいつけていいの?勝手に机あさってノート見たこととか。」
「なぜそれを…」
「へー本当にやってるんだ。」
どうやらカマをかけられ、見事に引っかかったようだ。
末恐ろしい子だと肝を冷やしながらガチャガチャと鍵を回して開ける。と、わたしの右手からするりとからあげくんが抜き取られた。そのままサブちゃんはさっさとわたしの家に入っていってしまう。
「ああこら、勝手に入らない!」
追うようにして慌ててドアを開けると、サブちゃんは予想に反し玄関に立ち止まっていた。
驚いてわたしも立ち止まる。玄関の狭い空間で、サブちゃんがこちらをまたじっと見上げている。
困惑と少しの期待をよせながら、わたしはまた川西さんのメールを思い出していた。たぶん、いやきっと幸せな夢を見たくなったんだと思う。
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