小説 | ナノ

うまく言えないけど今まで知らなかったことを知っている感覚っていうのか、そういう得体の知れないものが僕の中にはそなわっていて、そんなことどこで覚えきたのか自分でもわからないのにでも断言できる何かがあるっていうとき。そういうときは直ぐに帰って布団に入ってしまいたくなるんだ。

意味のわからない長文メールを見て、これどこを縦読み?と思っていた以前のわたしは、「へえ、川西さんって面白いことを言いますね。詩人ですね。わたしには正直ぜんぜんわかりません」とまるでやる気のない返信をしていた。
それから一週間経過した今、わたしはいま毛布で作った暗闇のなかぼんやりとそれを見返しているときた。

「質問です。布団に入りたくなることに遭遇したとき、布団にはいったらちゃんと眠れますか?」

川西さんにそうメッセージを送って画面をオフにする。しばらく寝つけなかったけれど、携帯にメッセージが送られてこなかったおかげか、そのうちに眠ることができた。


*


「花子!おはよ!」

スッキリしない頭をつれて玄関のカギをかけていると、お隣からサブちゃんが顔をだした。
大げさに肩を揺らして驚いてしまったせいか、サブちゃんがすこし傷ついた顔をする。それを見て、わたしはまた顔をこわばらせてしまった。

「…おはよ、サブちゃん。早いね。」
「花子の見送りに起きてきてやったからな!」

得意気に返すサブちゃんの可愛らしさに、安堵している自分がいる。わたしは笑顔で近づいて頭を撫でてあげた。

「よーしよしよし」
「っわ!やめろ!」
「サブちゃんはかわいいね〜」
「かわいいって言うな!」
「はいはい、じゃあね。」

への字に曲がった顔を確認して、ひらひらと手を振ってその場を離れる。サブちゃんは顔の表情を崩さずにずっとこちらを見ていた。階段を駆け足で降りながら無意識に胸の辺りを掴む。冷たい空気で汗が冷やされていく。サブちゃんがこちらに向ける眼差しと必要以上に揺らいだ自分に、動揺していた。
アパートを離れ、ようやく落ち着いてきたところで携帯を覗く。新しいメッセージが一件入っていた。川西さんからの、句読点入りのいつもの短文。

「おはよう。眠れるよ。そんな深刻な話じゃないんだ。」




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