小説 | ナノ

「花岡先輩。どーも。」
「あ、金吾くん。やっほー。」

やりなれた挨拶をしてすれ違う。
「金吾、あの人と仲いいよなぁ。」
隣で団蔵がぼそりと言う。
「ん。まぁ。」
「くのたまと仲良くするとか、スゴいよ。」

そうかな。ま、僕も花岡先輩としか話さないし、くのたまと特別仲が
良いわけではない。

「あの人、だけだよ。」

「へぇ。なんか、やらしー」
「ばっ!そんなんじゃねぇし!」

へへへっとしてやったり顔で団蔵が歯を見せる。

花岡先輩との関係は回りからみれば仲のよい先輩、後輩だし、花岡先輩から見てもそうであるだろう。僕もそれでいいと思う。
でも、例え勘違いだとしても、僕らの関係に恋とか愛とか、卑猥な言葉とかを持ち込んでほしくなんかない。そんなんじゃないんだ。そんな言葉で、僕たちの関係を片付けて欲しくない。
じゃあどんな言葉か、と聞かれれば困るのだけれど。

とりあえず、僕は花岡先輩に傾倒しているのだ。



花岡先輩とは会って一年もすると大分仲良くなった。そして、先輩について色々なことがわかってきた。

まず、見た目と中身のギャップが激しい。見た目は、正直、可愛いと思うが、中身は割とさっぱりしている。まるで男みたいだと思うこともある。

次に、ブラコンであること。あまり会いはしないらしいが、先輩は弟が大好きだ。何だかんだ弟の話が多い。

次に、抜けてるところがあるけど、しっかりしていること。取っつきやすさと頼りがいのバランスがとれてる人だと思う。

次に、我慢するのが上手いこと。

やっと、最近になって先輩の「人見知り」が見えてきた。
先輩は、細心の注意を払って人と接しているのだ。心のうちを悟られないように。

きっと一年前の僕にも、同じ気持ちで接していたのだろう。そう考えるとなんだか複雑な気分だが、今の先輩は僕にありのまま、接していることがなんとなくわかるから、よしとするのだ。

「なあなあ、金吾と、くのたまの花岡先輩。怪しいよなぁ〜」

は組の教室に戻ると、いきなり団蔵がみんなの前で僕の話題を出し始めた。

「お前!いいかげんにしろよっ」

「むきになるなって。余計怪しく見えるぞ。」

団蔵はバカヤローだ。僕のことなんて、ほっといてくれればいいじゃないか。


「まあまあ、団蔵、やめときなって。」

乱太郎が困った顔でこちらを気にする。

「本人が違うっていってるんだから、あんまりからかっちゃダメだよ。」

その言葉でばつの悪そうな顔になった団蔵が、僕をちらりと見る。

「そんな怒らなくてもいいだろ?…悪かったよ。あんまりにも仲が良いからさ、からかっただけ。」

その言葉で僕の頭も冷静になっていく。

「こっちも…ごめん。いや、違うんだよ。僕と先輩はただ仲がいいだけ。僕は、先輩を尊敬してるんだけどね。」

嘘は言っていない。本当とも違うけれど。


「はい、仲直り!良かった。」
乱太郎が笑う。

「確かに、あの先輩とってもいい人だったよ。この間、花岡先輩が保健室に川西先輩を訪ねてきたんだけど、その時ちょうど、薬品棚をひっくり返してさ。片付け手伝ってくれたもの。」

「…そうなんだ、」


僕は乱太郎の言葉に驚いて、一瞬返事が遅れた。

乱太郎が花岡先輩を知っていたことに。僕の知らないところで乱太郎と花岡先輩の交流があったことに。花岡先輩が川西先輩を訪ねて保健室に言ったということに。
花岡先輩と一番仲がいいのは僕で、僕が一番先輩を知っていると、先輩は僕に一番信頼をおいていると、どこかで思っていたのかもしれない。

自分の思い上がりに恥ずかしくなった。川西先輩は花岡先輩と2年一緒にいるわけで、僕の倍の時間、花岡先輩の側にいたわけだ。
そんなもの、花岡先輩が先輩であるのだから当たり前なことであるけれど、僕はあまり親しくもない川西先輩が妬ましくて羨ましくてしょうがなかった。

いつのまに僕はこんなに花岡先輩に執着してしまったのか。いつも素っ気ないような態度をとる僕が、こんなことを思っているなんて、花岡先輩は思いもしないんだろう。

ああ、先輩に会いたいなぁ。




「おーい、金吾がトリップしてるぞ。」

「だめだよ。きり丸。今金吾の妄想タイムなんだ。邪魔したら怒られるよ。」

「そーそー、三治郎の言う通り。これで、センパイとは仲がいいだけだー、尊敬してるんだーって言われても。説得力ないよなぁ。」

「まあまあ、団蔵。あたたかく見守ろう。」





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