小説 | ナノ

「あー涼しい!やっぱり店の中って快適だね」

ノースリーブのトップスからのびた細い腕を高くのばし、後ろで無造作にまとめた髪の毛を揺らす彼女が、にい、とこちらに笑いかける。短い付き合いでもないのに、そんな姿にまた嬉しくなって、乱される。

「数馬がケーキバイキングにつきあってくれるなんて思わなかったな、よかったの?」
「うん。」
「…そっか!ありがとう!」

花子ちゃんの喜ぶ顔がみたいから。悪いわけがない。だから、お願いだからこのまま何もなく、僕の隣に留まっていて…くれないかなあ。

「それにしても、すごい人だね。大分待ちそうだ」
「だーいじょぶ。」
「え?」
「予約しといたの」
「そうなの?準備いいね」
「わたしって意外と真面目で慎重派なんだよ?店の下調べは万全!毎度の授業の予習だって欠かさないんだから!」

そうなんだ、と紡いだ言葉が自分でも驚くほどの低い声で滑り落ちた。僕の頭にひっかかった使い慣れたキーワードが、こだまして、ぶすぶすと体に刺さって纏わりつく。

「かずまくん?」

心配そうな彼女の声に慌てて返そうとする「大丈夫」が言葉にならない。手だけ挙げて笑ってみせるけど彼女の顔は不安に染まったまま。そうだよね、簡単には騙されてくれないよね。単純な彼女じゃないことは僕が一番わかっているつもりだよ。

用意された予約席について、メニューを彼女に向けて差し出してみるけど彼女はそれを受け取らない。先ほどまでの嬉しそうな表情は消え、花子ちゃんはただ下を向いて小さく座っている。不安は伝播し、僕たちの空気に暗い影を落とす。
本当は、大好きな彼女が大好きな甘いものを食べる幸せな顔を見てから話したかったんだけれど。もうそんな雰囲気じゃないらしい。僕は覚悟を決めて口を開いた。

「ひとつ聞きたいことがあるんだ。」

ゆっくりと花子ちゃんが顔をあげた。きれいなまっすぐな瞳だった。




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