小説 | ナノ

目をつぶってできた自己防衛の暗闇がいらなくなるように。私は臆病者だけど、目を開けて歩くくらいならできるはずだ。

「進路、未だ決めてかねています。ただ学校はやめません。半月...考える時間をください。」
「わかりました。ではそれまでにね。」
「構いませんか、」
「勿論よ。あなたの意思が欲しかっただけだから。」

先生の美しい姿を拝んで、私は頭を下げる。現状まったくなにも変わってないけど、前を向いたら少しだけ落ち着けそうな気がするのだ。気がするだけでも今はいい。


*


「タカ丸さん。」
「なに下僕。」
「せめて名前で呼んでください。」
「贅沢だね花子ちゃんは。で、どうしたの?」
「実は今日から、前を向いて歩いてみようと思いまして。」
「ふーん。ま、三日坊主にならないようにね。」

興味なさそうにタカ丸さんはハサミを手入れしだした。矛盾してる。髪結いを面倒くさいだとか、やりたくないとか言うくせしてこうやって道具は優しく扱うんだから。
でもそれだから、私はここにいるのかもしれない。こういう人だから私は何度もタカ丸さんの暴言を聞きに隣に座るんだろうな。「懲りないねえ」そんな綾部くんの言葉が浮かんだ。

「タカ丸さん。」
「ん。」
「タカ丸さん。」
「なに、煩いなあ。」
「ありがとう、ございます。」

そう言うとタカ丸さんは、手を止めてこちらを見た。いつもより開いた目はすぐに細くなり、口は結んでしまったけれども。

「タカ丸さんに感謝してます。」
「うわ鳥肌たった。やめてほんと空気読んで。」
「エッ」
「キモチワルイ。」
「エッ」

相変わらずの冷たい言葉を置いて、タカ丸さんはわたしからすり抜ける。そっぽを向いたその顔が、すこし照れていたらいいのに。わたしはまず近くのこの人のことから、前を向いていきたい。




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