小説 | ナノ

途中から転校してきた僕は、ひとりくのいち教室に招かれた。
それが、すべての始まりでしたね。

なんでも、一年生は学園内をくのたまの先輩に案内してもらう、というのがお決まりらしい。僕がは組に入ってしばらくしてから、くのたまから直々にお誘いがきた。

「金吾ぉ、気つけろよ。」
「あいつら悪魔だ。」
「騙されんなよ。」

は組のみんなから充分、そのイベントについて情報は得てきていた。されることはわかっているのだから、何にせよ憂鬱である。

約束のくのたま長屋の前に行くと、桃色の装束の女の子がいた。
本当に女の子がいるんだ、とひとり驚いていると、こちらに気がついた彼女が僕に向かって手をあげた。そしてこちらに歩いてくる。
僕はきゅっと気を引きしめる。

「金吾くん、だよね。」
「はい、今日はお招きありがとうございます。よろしく、お願いします。」
「あはは、礼儀正しいね。ま、そんな身構えないで。」

けらけらと笑うその先輩は、花岡花子と言うらしかった。

「他の友達から色々聞いたかな。多分聞いた話の通りだから、くのたまには気を付けないと、ダメだよ。女の子って怖いんだからね。」
「はあ。…あの、花岡先輩は僕を、その、騙したりしないんですか」

そんなことを言われるなんて、予想外だ。思わず先輩に尋ねる。
「んー?私もくのたまだから。普通に何かしらしようと思ってたんだけどね。君見たら、なんだか弟思い出しちゃって。君には悪いかもしれないけれど。」
「そうですか。」

ひとつ年上の先輩に弟みたいといわれるのは確かに複雑な気分だ。

「弟さんは、家にいらっしゃるのですか。」
「うん。私の、二つ下でね。変に冷めてて生意気なの。」
「僕も生意気ですかね。」
「そういうところ、似てる気がする。」

歩きながら、嬉しそうに花岡先輩は笑う。きっと、先輩は弟が大好きなのだろう。僕にも兄弟がいたら。姉がいたら、こんな感じなのだろうか。

「あそこが、学園長先生の部屋ね。呼ばれることもあるから、覚えておいた方がいいよ。」
「はい。」
「私は最初覚えてなくって、迷って叱られたことあったから。」
「気を付けます…なかなか、最初はわかりませんよね。」
「そうそう!加えて私が方向音痴で人見知りだからねー。人にも聞けずにちんぷんかんぷん。金吾くんはちゃんと人に聞いた方がいいよ。金吾くんも人見知りでしょ。」
「…わかりますか?」
「なんとなく。ま、これで私とは仲良くなったよね。どーんと!頼っていいよ。」

にこにこと笑う先輩が眩しい。どこに人見知り要素があるのか、問いたかったがやめておいた。
頼っていい、か。

「…また、声、かけさせてください。」

頼れと言われて、僕はすぐにはい、と言えなかった。
この人とは、対等でいたい。何故か、そう思ったのだ。

「うん。」

先輩の満足そうな顔を見て、気がついた。
これは、僕の、微々たる強がりだ。

きっと、僕が想像する姉の像は花岡先輩ではないのだろう。取っつきやすいのになんとなく掴みきれない、花岡先輩。先輩には僕の姉でいてほしくないのだ。でも、もっと仲良くなりたい。

そして僕は、
そのことを先輩に伝えることもできないし、伝えていいのかもわからない。子供な自分に苛々が溜まる。

「ごめん、」

ふいに先輩がそう言って、僕を押した。ふらついた僕は体制をたてなおそうと地面に足をつける。つけた、と思った。足が宙に浮く。

「うわっ!」
気がついたときには、空が高く見えていた。





「…落とし穴、」

「ごめんね、金吾くん。」

ひょっこり顔をだして、先輩は言う。その顔は変わらず笑顔だったが、眉を下げ、心配そうにこちらを見下ろしていた。

「…弟にこんなことして、いいんですか?」

「そこは大丈夫。いつも、弟とはこんなことばっかりなの。」

嫌だと思いつつもちゃっかり弟を使う自分に苦笑する。そうしていると、先輩が縄を投げてくれた。ゆっくりと、それに掴まって地表を目指す。


とにかく早く大人になりたい、と思った。
僕が大人になったら、結局花岡先輩も大人になるわけだけど。

それでも子供でいるのは嫌だ。




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