小説 | ナノ

「今日は焔硝蔵の掃除をしよかと思うんだが…」
「い、いいですね!僕お掃除大好きです!はりきって行きましょう!ね!タカ丸さん!」
「そ、そうだよな伊助!掃除なんて久しぶりだし、たまには皆でそろって活動するのもいいですね!タカ丸さん!」
「あーうん。」

あからさまな気遣いに目も向けず、タカ丸さんは虚空を見つめぼんやりとしている。
ここのところずっとこの調子で、火薬委員会の皆さんはどうしたものかと慌てているようだ。原因はおそらく私だということもあり、私も始めは自分なりにどうにかしようと思いもした。けれどタカ丸さんは私のことなど目に入っていないかのように無視してくるのですぐに諦めてしまったのだ。
まるでいつものやわらかい笑みなど忘れてしまったように無表情。今は意地悪さもなりを潜め、ただただ毎日を過ごしているだけの脱け殻のようだ。

「…タカ丸さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ?続けて兵助くん。」
「そうですか…では、荷物運びから。」

にこっと浮かべる笑みは白々しさが浮かび、タカ丸さんらしくない。久々知先輩が困ったように笑っている。

「花子さん、タカ丸さんと喧嘩したのなら、はやく仲直りしてくださいよ。」

火薬の壺を外に運んでいると、隣で三郎次くんがこそこそっと耳打ちしてきた。

「仲直りって言ってもね、私も話しかけてみたんだけど無視されてるし…大嫌いって、言われちゃったし…」
「ええ?花子さん何やらかしたんですか?あの温和なタカ丸さんが大嫌いって言うなんて、よっぽどですよ。」

三郎次くんが顔をゆがめて、大きなため息を吐く。自分もため息を吐きたいのを我慢して、かわりに私は苦笑いをした。

「とにかく、どうせ花子さんのせいなんですから!なんとか頑張ってみてくださいよ、僕たちもできるだけ協力しますから。」

じろっと睨まれて、曖昧に頷く。三郎次くんがまたため息を吐いた。また苦笑いを作る。
私は本当に、頼りない先輩だな。




私なりに刺さってはいたのだ。タカ丸さんの言葉は、とんでもなく酷かったが久しぶりに聞く正論だった。私がこれまで迂回してきた耳の痛い言葉だった。だから今も、思い出しては挫けそうで、向き合うのを明日に回しては、自分の弱さに呆れている。

「あたえられたことを淡々とやるのは、意外とできるのにな。」

なのにどうして、簡単なことでも自分で決めるのは、決めたことをやるのはこんなに難しいんだろう。
後ろでかさりと音がしたような気がして、はっとする。なんとなく、本当になんとなくなのに妙な確信があった。ぐっと胸がつまって泣き出したくなる。何かあったわけでもないのに、何かに支えられているような心強さにおそわれて。私は少し考え、深呼吸をし声を紡いだ。

「…私は、誰かに必要とされたくて、誰かの唯一無二になりたいなんてぜいたくにも思っていて、そのくせとんでもない臆病者です。とっくにご存知だと思いますけど、ただの甘ったれです。おそらく、忍者として死ぬ勇気も持てないんでしょう。それでも、せいいっぱい生きたい。居場所なんてわからなくてどうしようもなく傲慢だけど、やっぱりしがみついて私の道を生きていたい。タカ丸さんは、こんな私が嫌いですか。」

そこを去らない気配に、わたしは自嘲する。やっぱりタカ丸さんはそこにいるのだ。当てずっぽうだったのに、こういうところで運がいい。

「タカ丸さん、私は、まだタカ丸さんと苛々も思いも分かち合いたいんですけど。それはもう、だめですか。どうすれば、タカ丸さんは、」
「大嫌いだ。」

陰った光の先に、見知った顔が見えた。懐かしい顔だった。私は嬉しくて泣きたいのに微笑んだ。

「大嫌いって、それが返事ですか。」
「花子ちゃんって切り替え早すぎるし、おめでたいよね。良かったね。長所が見つかって。」

タカ丸さんがいつもの悪そうな顔でにやりと口元をあげる。そっと私の隣に腰を下ろした。

「私が言い訳並べるのも、曖昧に濁すのも。きっと、最初からどこにも思いがこもってないんでしょうね。」
「さあね。僕には関係のない話だよ。」
「じゃあ、なんで昨日まであんなに怒っていたんですか。」
「なに逆切れしてんの?立場わかってんの?下僕と主人だよ?自分で宣言したよね?」
「エ、ものの例えなんですけど…そもそも主従関係って対等に分かち合えるものなんですかね……」

わずかに抵抗しながらタカ丸さんの顔が安堵に染まるのをゆっくりと確認する。私はいつの間にかこの人に支えられてる。
いつかタカ丸さんはその目から、その口から、感情をこぼしてくれるかもしれない。そのいつかをそっと願った。




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