小説 | ナノ

一枚の紙をまえに私は震えていた。あまりの実習の成績の悪さに、めまいがしていた。これはひどい。いままでも酷かったのに、さらにひどい。それでも思い当たる節は有りすぎるくらいなので納得はできてしまう。私は壊滅的に忍者センスがない。

「うわあ…」
「これは…」
「ちょっと!見ないでよ!」

油断しているところを後ろから覗かれて、広げた紙を急いで閉じる。顔を歪めた友人たちが私を憐憫の眼差しで見てくる。そんな目で訴えなくたって私が一番わかってるよ!放っておいてよ!

「花子さん。」

美しく冷たい声で呼ばれると、途端に教室は静かになる。騒がしい教室の空気を一瞬にして張るシナ先生の成せる技だ。シナ先生はこの空気の時が一番おそろしいのを皆わかっているから、慌てて視線を下に向ける。その声で私の名前が呼ばれたということはもう、覚悟をしなければならないということで。私はできるだけ表情を崩さないようにシナ先生の方を向いた。にっこりと、完璧な表情で先生が笑っている。

「あとで私のところへいらっしゃい。」

まるで優しくない笑みで私に微笑む姿は、やはり怖いくらい忍者で、美しい。



「呼び出された理由が、わかりますか。」

先生の部屋を訪れた私に、シナ先生はそう話し掛けてきた。私はこくりと頷いて、けれどその理由はうまく言葉でまとまらず、下を向いてしまった。

「聞いているのよ。言葉で話しなさい。」
「…私の、成績が悪いことについて、でしょうか…」
「そうね、それもあるわ。でも今日はあなたの今後について教えてほしいの。」

これからどうしたいの?

それは答えの出すつもりのない問いだ。私はまた下を向いた。




シナ先生の話に曖昧を並べて突き通したら溜息を吐かれたけれど今日は帰してくれた。木の下に寝そべり、私は束の間の安心にほっと息をつく。なんのためにここに居るのか、そんなの正直私もわからないと甘えたいのが本音だ。
特に不幸に見舞われることもなく、誰かに依存して生きてきた。そのくせ敷かれたレールを突っぱねる私が進む道は…一体どこにあるのだろう?忍者になる道も選べずに、ただただ惰性のみで毎日を過ごしている。そして贅沢ながらそれにも息苦しさを感じている。
私のことだ、結局は家に戻って縁談を受けるのだから、学園で生きる間の自由時間くらいはやり残すことのないようにしたい。それでさえ思うだけでなにもできていないのだ。
息苦しい。

「生きるのに向いてない。」
「ここだと思える居場所が見つからない。」
「強みもない。なにもない。」

言葉に出すとみじめで、その通りすぎて、情けなくて涙まで出そうだった。目を閉じていると暗闇が見える。目を開ければ赤紫色が見える。…赤紫色。

「落ちこぼれ花子ちゃんは寝るしか能がないの?」
「ぁータカ丸さん…」

光を背にして、制服姿のタカ丸さんが私を見下ろしている。反応の悪い私に少し気を悪くしたようで、つまらなそうな顔をして乱暴に隣へ腰を下ろした。

「花子ちゃんってなんでそんなに頭が悪いの?」
「もとから悪いんです、すみませんね。」
「それでいてなんでクソみたいにどんくさいくせに中二病はこじらせてるの?」
「え…中二…?」
「息苦しいとか向いてないとかふざけてんの?なにも動いていないくせに。」
「どうせ…何も持ってないですから。タカ丸さんは髪結いの立派な技術があって、女の子に求められて、みんなから信頼されてる。けどぐずな私は所詮タカ丸さんの下僕だし、シナ先生の期待にはそえないし。本当に居場所っていう居場所がないんですよね。」
「呆れてものも言えないね。居場所がないとか、まさか誰かが都合よく花子ちゃんの居場所をプレゼントしてくれるなんて思ってるの?」

怒鳴り声に驚いて、やっとタカ丸さんを見た。恐ろしいくらい無表情をしていた。優しげな偽りの顔でもなく、いつもの真っ黒さとも全然違う顔。本能的なところで怖くなり、冷や汗がわく。茶化されもしない。本気で怒ってるのかもしれない。

「ご、ごめんなさい、」

タカ丸さんは腰をあげて小さく舌を打つ。私を振り返ることなく、つぶやいた。

「大嫌いだ。君みたいな人。口先だけの謝罪と言い訳並べるずるい人。」

その日私は、タカ丸さんの大嫌いな人になった。




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