小説 | ナノ

「悪くない。悪くないのよ。でも今は真面目で一途に会社に勤めあげるような年功序列重視系男子の未来はないわ。継続は力なり精神の出世は流行らないの。それに幼馴染ってシチュがよくない!ベタすぎる!もうゲレンデで恋しなさい!」

合コン前の化粧室はカオスと化していた。わたし、ユキ、サユリはそれぞれ鏡とにらめっこをして最終チェックをしているのだが、話題は能勢久作でもちきりであった。しかもディスられすぎて不憫極まりない。というかゲレンデで恋は古いよ!

「別に久作と付き合う気なんてないよー」
「だってあれくらいしか花子の周りに候補がいないでしょ?ま、だからこうして合コンに行くわけだけど。」

ユキがグロスを塗った唇をとがらせて開く動作に見惚れながら、わたしは汚れた手を洗った。

「わたしの心配はいいけど、ユキとサユリはどうなの?」
「言われなくても。」
「今日も本気よ。」

にやりと妖しく浮かぶふたりの笑みですら今日はなまめかしいので、とりあえず邪魔だけはしてはいけないと思った。女の子の本気ってかわいいよね。


*


約束の時間にやたらオシャレ要素を詰め込んだ夜カフェに行くと既に男性の方が4人揃っていた。

「次屋三之助っす。」
「時友四郎兵衛です。よろしくね。」
「…川西です。」
「三反田数馬っていいます。えっと、…びしょ濡れでごめんなさい。」

男性のみなさんはとっても素敵なかたたち…って三反田さんびしょ濡れェ……!
わたしはわたしの目の前に座った三反田数馬さんの水もしたたりすぎている体を張ったいい男っぷりに驚いて突っ込む言葉に迷ってしまった。ぽたぽたとテーブルに垂れる水滴がなんとも切ない。浮かんでいる笑顔を見るだけでやるせないのでハンカチを手渡す。

「あっ…すみません、花ビンに入った水かぶっちゃって…。僕、不運なんです…」

悲壮感がすごくて頷くしかない。そんな私たちの盛り上がり()はよそにユキとサユリは次屋さんと時友さんに夢中である。
「実はこういうことよくあるんですよね。今日も朝から目覚ましは電池切れるし電車は遅れるし。まあもう慣れました。」わたしは川西さんと三反田さんの不運エピソードに耳を傾けて慰めに徹することにした。

「気持ちわかります。わたしも先日、朝から悲しいことの連続で思考停止しました。切り替える前に連続して不運が起こると頭が追い付かなくなりますよね。」
「そうっそう!だから自然と受け入れ体制ができたりね。いやあ、こんなにわかってくれる人がいて…僕嬉しいな…」

涙ぐんでいる三反田さんを見て同情心がわく。わたしは笑って頷いていた。川西さんは氷を噛んでいた。頬がリスみたいになっている。

「…氷好きなんですか。」
「いやそうでもないです。」
「へえ……飲み物頼みますか?」
「あーじゃあ、」
「メニューです。」
「どうも。」

ごりごりとくぐもって聞こえる氷の音が気になってつい言ってしまった。川西さんはそっけなくもメニューを受け取り、じろじろ眺めている。口がへの時に曲がっている。「メロンソーダあるかな。」とか独り言呟いている。この人合コン楽しむ気はないな。何もしゃべらずセロリの漬け物を食べることに徹しているわたしにも川西さんは同じことを思っているかもしれないけれども。

「花子ちゃんは、普段何しているの?」
「趣味はぬか床いじりです。」
「へえー…変わった趣味だねー」

緊張感を忘れて、三反田さんについ適当なことを言ってしまった。この悪い癖早く直さないといけないなあと思いつつ、わたしはぽりぽりとセロリを噛み砕いた。


結局川西さんはメロンソーダを頼みズルズルと吸いあげ、三分の一ほどに減らしたそれを三反田さんにぶちまけたところで合コンはお開きになった。女の子二人は連絡先を交換したらしくホクホク顔であった。川西さんは三反田さんに謝りながら落胆していた。「いつものことだから。」と慰める三反田さんが相変わらず切なくて仕方ない。

「あー花子さん。」
「はい?」
「連絡先教えてください。」
「はい?」
「あなたの連絡先です。気が合うと思うんで。」
「はあどうも。」

…川西さんはどこをどう見て川西さんとわたしが気の合うのだと判断したのだろうか。だいたいわたしは飲み物に入った氷は食べないぞ。

「なんか前世で会ってた気がします。」

川西さんが真顔でサイコっぽいことを言い始めたので、「あー確かに昔川西さんを隣町で見かけたような気がしないでもないですネ!」と適当にごまかして電話番号のみ紙に書いて押し付けた。ここで瞬時に適当な番号を書けなかったところがわたしの馬鹿正直さね。

「あれ?三反田さんは?」
「水槽の水被ってトイレ行ってます。」
「水難の相でてるんじゃ…」




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