小説 | ナノ

そこでわたしは、寝る前に誰かと親しげに話をしていた。その誰かの囁きは不思議な甘さを持っていて、わたしの意識をゆるやかに溶かしていくのだ。わたしはそれを子守唄みたいにして眠りにつく。
そんなひどく幸せな夢をよく見ていた。


*


「残念なことに今日テストらしい(補習つき)」
小中、とんで大学まで見事に腐れ縁な幼馴染の能勢久作から送られてきた、超絶残念なお知らせのメールで起こされたわたしの寝起きは最悪だった。あまりのショックにわりとおもいきり携帯を布団に投げつけてしまった。もちろん久作はまったく悪くない。悪くないけれどテストマズいヤベーと口々に繰り返しながらもどうせ久作はちゃっかりいい点をとるってわたしは知ってる。
準備を終えバレエシューズに重たい足を差し込むと、ちいさな痛みがはしった。おもわず顔をしかめて、乱暴に左足から靴を抜き取る。わたしの足裏を痛めつけた小石がぽろりと落ちて、かつんと軽い音をたててどこかへ消えた。

あーあ朝からついてないかも。不吉な予感を振り払うようにドアノブに手をかけると、ポストに大量の紙が差し込まれているのに気がついた。一人暮らしにはあり得ない量の手紙を抜き取ると、お世辞にもきれいとは言えない字で11枚の便箋にすべてオバサンの四文字が書かれていた。またお隣の悪ガキちゃんの仕業か。ため息を飲み込み、いらだちは紙切れと一緒に丸めて部屋に放り投げた。


*


「あれえ華の女子大生の顔じゃないわね。」
「んー」
「朝からなにかございました?オジョーサン?」
「いいえー毎日とっても楽しいです。楽しくてキャピキャピ女子〜略してキャピ女〜」

机につっぷしたわたしに話しかけてくれたお友達のユキにわたしは半目を向けてそう返した。
そう、毎日とってもスリリングなの。今日なんて朝から悲報に接して小石に喧嘩売られてラブレター11枚ももらっちゃったからね☆もう朝だけで体力使い果たすかと思った☆

半目なわたしとは違いユキは今日も綺麗に髪を巻いて、耳元は花のモチーフのピアスが揺れ、目元と口元はキラキラ光っている。キレイな手に乗っかった爪にはピンクと白のグラデーションにラインストーンがついたネイルが施されていて、オシャレに余念がない。当然のごとくかわいい。苦笑いでさえ様になる。スキのない女子は大好きです。もっとお願いします。
そんな気持ちの悪いことを考えながら半目でユキを観察していると、後ろからやってきたサユリが、わたしの顔を見てすかさず「まずその半目を開けよっか。」と突っ込んでくれた。うん、うん。正しい突っ込みありがとう。

「毎日楽しいにしては顔があまりにもかわいそうで引くほどひどいわ。」
「エ?あまりにもかわいそうで引くの?」
「そんな花子ちゃんにい〜今日はもっと楽しい話を持ってきましたあ〜!」
「きゃあ何かしら!」

ポカーンとするわたしの前で突然の茶番を繰り広げたふたりは、キャピキャピと無理やり桃色空気を作り出した。当然のごとくやっと目を見開いたわたしについていけるはずもない。

ユキは長いまつげを主張するようにこちらにぱっちりおめめを合わせ「合コンよ。」そうドスの聞いた声で言い放つ。そう低くドスの聞いた声で…あれもう茶番終わり?華の女子大生は?



そんなわけでその10分後、わたしは3人で合コンに参加することが決定していたのだった。展開はやいな。
彼女たちによれば新しい恋は失恋にも病気にもテストにも効くようだ。恋って効能半端ないですね〜〜。とりあえずわかったことは、ふたりは悪徳宗教勧誘とか押し売りとかできちゃうと思うので友達のわたしがきちんと警告しておかなきゃいけないってことだな。
スケジュール帳に飲み会の予定を書き込んでいると、ヴヴと振動音がした。携帯画面に
能勢の文字。

「はい。」
「あー俺だけど。」
「詐欺間に合ってます。」
「は?」
「なんでもない。」
「何いまの。」
「茶番です。」

はあ、と久作は電話の向こうで呆れて笑って、図書室にいるから一緒に帰ろうと言った。わたしは了承して、図書室へ向かう。スリリングな朝と、強制勧誘に加えて詐欺にまであったら、今日は史上最高についてない日になっただろう。そんなどうでもいいことを考えた。
キャピキャピ女子で臨む合コンまであと3日。



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