小説 | ナノ

人気の講義終わりの生徒で騒がしい構内も、12時半のランチ時の食堂の混み方も、お冷のコップがちょうど切れていたことも、麺コーナーの異常な列の長さも、ひとつひとつの小さなストレスがわたしからさらに余裕を奪っていく。重なるときは重なるもの、マーフィーの法則の正しさは頷ける。

そんなことをぶつぶつとテーブルに腰かけ耳を塞ぎながら呟いていると、わたしの友人しおりちゃんが奇妙なものを見るような目つきをこちらに向け、少しわたしから距離を置いて座った。

「うわーーーひどいよーしおりちゃんひどいー!そんな離れることないのにー!」
「だって面倒くさい。」
「しれっと配慮もなにもない発言するのね…」
「だいたい花子の余裕が失われた根本的な原因はあなたの浪費による出費と徹夜による寝不足でしょ?そんなの自分が悪いじゃない。」

はい、終了―
ぐうの音も出ずさっぱり話を打ち切られ、わたしは机に頬を貼りつけ、乱れた髪の隙間からしおりちゃんを見あげ意気消沈アピールをして同情を誘ってみる。「そうですその通りです。わたしが悪うございやした。だって秋はかぼちゃとか芋とか栗とかおいしい限定物であふれているしメディアは食欲の秋だとか言って食欲を助長するし発売されるゲームやアニメは美少女戦士とか最後の夢とか懐古厨を刺激する作品ばっかりだし…!」
ぐずぐずいくつか言い訳を並べていたら自分がただの愚痴ばばあになりつつあることにようやく気がついて閉口。ただよう辛気くささが本気でいやと言うように、しおりちゃんは大きなため息を吐き出す。

「いいからさっさとごはん買ってきなよ。」
「麺コーナー混んでる。」
「米食べろ。」
「わあ修造〜〜もっかい言って〜〜」
「さっさと行け。」
「…お金ない。」
「何で食堂来たの?」
「しおりちゃんの同情心に全力で期待した。」
「わたし弁当だからお金持ってないよ。」
「あ…」

わたしの期待とライフはそこでゼロになった。しおりちゃんは固まったわたしを横目に見ただけで広げた自分のお弁当をもくもくと食べ始めた。泣きそうなほどいい匂いがする。

ちゃりん、と耳元でお金の音がしたのは、はじめはあまりにもわたしがお腹をすかせていたから幻聴が聞こえたのだと思った。しかし、前髪の隙間から見えたテーブル上には光輝く貨幣が見える。わたしは飛び起きてテーブルを見た。間違いなく500円硬貨と、びっくりした様子の川西左近がそこにはいた。

「川西だ、どうしたの?」
「と、通りがかりだけど。」
「川西500円硬貨落としてる。」

すぐに飛び付いてポケットに押し込みたい衝動をおさえ、優しく教えてあげた。すると川西はすーっと指で500円玉をすべらせ、わたしの前へ置き、そっぽを向いたまま口を開いた。

「あんまりにも不憫だから。」

信じられないものを目の当たりにした、わたしはまさにそんな顔をしていただろう。漫画のようにわたしはポカンとし、次に泣きそうになり、挙動不審になってうろたえた。川西は不審なものを見るように目を細め、こめかみにシワを刻んでいる。

「そっか、川西ってわたしのこと好きだったんだ…」
「味噌汁かけてやろうか。」
「だってポンと500円くれるなんて、そういうことでしょ?あーあーあーお椀傾いてる傾いてる!!」
「いやそれ貸しだから。ちゃんと返せよ。」
「貸しでも500円を他人に差し出せるなんて、川西は本当にいい人なんだね…ありがたく借りるよ!」

いつも仏頂面で楽しくなさそうな顔を隠しもしていないから、きっと家では一人寂しく観葉植物に名前をつけて呼んでいるんだろうなどと予想していた川西の失礼なイメージは、今日限りで払拭された。そう、川西はスーパーヒーローなのだ。優しい心を持って困った人を放っておけないけど、どこか素直になれないイイコなのだ。そんなイイコの川西は未だ憐れんだようにこちらを見ている。

「お前、やっすいな…色々と…」
「うぃッス!担担麺買ってきます!!!」

不審な目で見られ憐みの表情を向けられ、それでも麺類を買える嬉しさを思えばそんなものへでもない。先ほどまで混んでいた麺コーナーはいくらかすきずきしていて、担担麺はすぐにわたしの手元にやってきた。ついでに補充されていたコップに水までくみ、わたしは辛さ漂う香ばしい香りを運びつつ意気揚々としおりちゃんと川西のいる席まで戻ってきた。

「うっふふーみてみてお昼ごはんがやっと食べられるよ!」
「…良かったな。」
「良かったわね。」
「あれそういえば川西は食べないの?」
「僕はもう食べ終わったから。」

そうか。そうだったんだ。でもならばなぜ、まだそこに座ってお茶を飲んでいるのだろう。
そんなギモンは担担麺の前にすぐ消えた。割り箸を勢いよく割って元気よく手をあわせる。川西は何か言いたそうな雰囲気を醸し出しているが、空腹のわたしに聞いてあげるほどの余裕はない。しかしそんな川西に何かを察したしおりちゃんは、残りのご飯をかきこみ、俊敏にお弁当箱を片付け、すっと立ち上がった。

「じゃ、もう行くわ。」
「エッしおりちゃんまさかのわたしと入れ替わり!?一緒にたべようよ…」

わたしの言葉を耳に入れる気もなくスタスタ迷わず去っていく後ろ姿は気持ちいくらいで惚れ惚れする。うん。わたししおりちゃんのそういうトコ、好き…!

「…実は、花岡に話したいことがあるんだ。」

すこし周りに気を遣いつつ話しかけてくる川西くんの声のボリュームが下がる。まさか…そうなんだ、やっぱり川西くんって…もしかしなくてもわたしのこと「ゲームってなにやる?PSP?3DS?ネトゲ?それとも回顧厨らしくファミコンとか?僕は広く浅く、ところどころ深めだからだいたいならわかると思う有名どころは押さえているし。世界観重視なところあるけど戦闘システムも大事なんだよね。あ、それともパズルゲーとか?そっち?」
「あ、え。いやわたしも割とざっしょk「マジかじゃあ…アレとかわかる?古い作品でそこまで有名じゃないんだけど主人公視点が変わって…最後のどんでん返しが…まあバグの影響で…エミュとかスマホとか僕的には…」

冗談抜きで一かえすと、十返ってくる。引いたとまでは言わないが、わたしは正直身震いしていた。誰このゲーオタ…こわい…
先程までの仏頂面のイイコは今恍惚とした表情でドリキャスうんたらフレンドコードうんたらと垂れ流している。川西、実はゲーム好きなんだな…いや川西が生き生きしすぎていてもはや草生えるレベルである。
とりあえすわたしは川西左近の発する言葉からなんとか理解できるワードを拾い出し、必死に知識をつなげた。川西は喜んだ。わたしは安堵し、普段語り合うことのない話題をとても楽しんだ。しまいにはゲーム最高と叫びあい、堅く拳を握りあって笑顔を交わす戦友みたいなものになり、川西は満足そうに食堂を去って行った。
熱い、熱いぜ川西左近。わたしはこの数分の間に川西左近という人物をめまぐるしく見極めた。仏頂面でツンデレ愛を伝えてくるスーパーヒーローは、油断すれば引いてしまいそうなほどにコアなゲームオタクであった。
しかしわたしはどうしようもなく体が熱くなり、満たされていた。本当にいちばんに欲しかったのはつまり、割り切りでも納得でもなく、猫トースト装置であり、こんなふうに人生に求めものはいつもすごくくだらないことなのだ。

「しおりちゃん!川西がね!!」
「意外だったよ、川西もやるねえ。」
「わたしもそう思ったよ!川西ってすごくギャップあるよね。」
「で、どうするの?付き合うの?」
「うん…!今度のイベントはそうさせてもらおうかなって思ってる!でもわたしが川西のゲーム知識や技術についていけるか…」
「え?ゲーム?」
「え?」

くだらないこと

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