小説 | ナノ

「くのいち教室の、花岡花子さん。」

くのたまで賑わう食堂に自分の名を呼ぶ声が響く。
喧騒は止み、皆が私と、声の主である子を見る。
「はい、」
とりあえずそう返事して軽く手をあげ、答えると、一年生を示す青い装束を着た忍たまの子が笑ってこちらに近づいてきた。

「花岡花子、さん?」
「そうです。」
「よっしゃ、見っけ!これ、三反田数馬先輩からのお届け物です!」

そう言って私に一枚の封筒を渡してきた。
「はぁ…」
曖昧に返事をして受けとる。
さんたんだ、かずませんぱい…全く思い出せない。

「じゃあ、確かに渡しましたからね!バイト完了〜」
そう言い残し、一年生の忍たまの子は嬉々として走り去っていった。
食堂に騒がしさが戻る。

「花子、何それ?」
「わからない…」
「は?」

封筒には
花岡花子さま
三反田数馬
と綺麗な字で書かれていた。名前を目で確認してみても、やっぱり思い出せない。

「この人、知ってる?」
友だちに尋ねる。
「んー知らない。」
「聞いたことないなぁ、忍たまだよね?」
「忍たまだったら誰か知ってそうだけどね。」
「OBのひとかな。さっきの子、アルバイトって言ってたよね。」

そうだそうだ、きっとそうだ。
こうして三反田さんは学園OBもしくは外部のスカウトか何か、という結論に達した。


そしてその手紙は開封することなく、引き出しのなかにしまわれた。




そう、それが四日前だ。

ああ、どうして私はもっと三反田さんについて深く追求しなかったのであろう。そして、どうして手紙を開けなかったのであろうか。
後悔ばかりがぐるぐる渦を巻く。

「大丈夫か、花岡。」
そう浦風先輩が私に話しかける。

なぜ私が今浦風先輩といるかというと、先輩直々に呼び出しをいただいたからである。浦風先輩と言えば、成績優秀、眉目秀麗で有名な先輩。
そんな先輩に呼び出されたとなれば少なからず心が浮き立つもの。ルンルンと先輩に会いに行けば、「この間の、数馬からの手紙のことなんだけど、」と切り出された。


かずま、と聞いて私の頭のなかは真っ白になる。まずい、忘れていた。

「返事を、ね。聞きにきたんだ。ま、本人が直接来なきゃいけないと思うんだけど、…まあ、いろいろあって、同級生のよしみ、っていうかな、で。僕が来たんだけど…」
言いづらそうに回りくどい言い方で浦風先輩が説明してくれる。混乱してる私からすればありがたいくらいだ。

つまり、三反田、数馬先輩とは浦風先輩と同じ三年生の忍たまで、あの手紙には何か大事な内容が書かれていたということであるだろう。冷や汗が出る。
どうにか、まずこの場を切り抜けないと…

「え、っと、ですね、もう半刻程お時間いただいても大丈夫ですか?その時に必ずお返事しますので。」

「あ、ああ。じゃあ、また半刻ほど経って来るよ。」

そう言って気まずそうに浦風先輩は去っていった。



ーよし、

急いで自分の部屋に戻り引き出しのなかの手紙を開封する。
中からは同じように綺麗な字で文章が綴られた一枚の紙が出てきた。

「えーっと、」


座ってそれを読み始める。

(え…?)

文章を読み進めていくうちに段々と顔が熱くなっていく。

(…こ、こここれって、)


恋文じゃない!




そこには詩のような綺麗な言葉で表現された、思わず照れてしまうような言葉が並んでいた。

(嬉しい、けど!)

結局三反田さんは誰なのかわからないままだ。

「見慣れた保健室の景色に浮かぶ、あなたは僕の光です、か…」


読み上げるとなお恥ずかしい。いや、いやいや、恥ずかしがってる場合じゃない。浦風先輩に半刻、と言ってしまったのだ。そこで言う返事、とはつまり、

「告白の返事じゃないのぉぉ!」

思わず頭を抱える。
いや、冷静に冷静になって!
保健室が見慣れてる、ってことは…保健委員会の人である可能性が高い、よね。それか、毎回怪我をする不運な人…てやっぱ保健委員か。
ということは、保健委員会で三年生の人を探せばいい!

「…よ、よし、左近に聞こう。」





「あー、三反田数馬先輩ね。確かに保険委員だよ。」
さらりと左近は答えた。やっぱり。

「どんな先輩?」

「どんなって…印象薄いんだよな、あの先輩。」

ひどいよ左近それは。

「でも、人に強い印象を持たせないほど、…やさしい人だよ。」

そう言った。



あ、

わかった。かもしれない。


一月前くらいに、酷く熱が出て保健室に行ったとき。
あまりにも思考がぼんやりしていたから覚えていないけど、ずっと優しい言葉をかけてくれた先輩がいた。


「花岡さん、ね。この熱で辛かったでしょう。すぐに楽になるから。安心して?」

「無理はしちゃだめだよ。痛いとか、辛いとかってきうのは、体が休みなさいって言ってるんだからね。ゆっくりしてようね。大丈夫、僕はここにいるから。頼っていいんだよ。」

「しゃべらなくていいよ。僕が勝手に話してるだけだからね。…あ、笑ってくれた。早く、元気な花岡さんになってね。笑った方が、やっばり可愛いから。」


弱って一人寂しく寝込んでいた私の支えだったな、あの人は。
なんで覚えてないんだろう。確か、
薄紫の髪の毛が、背中で揺れてーー



「あ、あと髪の毛が色素の薄い紫だ。そんな色珍しいからわかるんじゃないか?」


図ったように、左近がそう付け加えた。







急げ、いそげ

約束の半刻が経ってしまった。走って先程の場所に戻る。

角を曲がって確認すると、浦風先輩が見える。それから、もう一人。

(あ…)

紫の髪の、三反田先輩がいた。


「あ、花岡。」
「えっ…」
「こらっ数馬俺の後ろに行くなよな!」

「お、遅れてすみません!」


呼吸を繰り返し、息を整える。

「三反田先輩、」

そう私が切り出すと、先輩は少し頬を赤くして心配そうに眉を下げ、こちらを向いた。
はじめて、先輩と向き合う――

今にも逃げ出したそうな顔をした三反田先輩は、確かに、あのときの先輩だ。確信する。

「……どーして!恋文を!アルバイトの子に渡させるんですか!?ちゃんと直接渡してください!あと!さっき浦風先輩しか来なかったのはなんでですか?!そういうことを人に頼むのはよくないと思います!私は逃げも隠れもしませんよ!」

そう矢継ぎ早に喋ると、三反田先輩はどんどん下を向いていく。浦風先輩はひとりおろおろ。
ちがう、違うんです。


「名前だって!先輩は保健委員だから私がわかったかもしれないですけど、私は分からなかったんですからね!特にあの時は風邪でぼぅっとしてたし!ちゃんと、私が風邪治った後に声かけて下さればよかったのに!…会いたかったのに名前も分からなくてお礼もできなかったです。」

「すみません…」

三反田先輩が謝ってくる。浦風先輩が私の顔を驚いたように見る。三反田先輩、だから、違うんです。私が言いたいのは――


「私、本当に嬉しかったんです。あの時、先輩の言葉で元気になれました。あの手紙くれたのが、先輩だって知って、私嬉しいやら驚きやらで、よくわからなくて。今も先輩を前にするだけで体が熱くて、なにも考えられないんです。」

それだけ言い切ると、途端に恥ずかしくなってきた。わたし、何をいってるんだろう。思ったことぜんぶ先輩にぶつけて。しかも何も考えられないとか
私も好きだって、言ってるようなものだ。


正気にもどって先輩の顔を恐る恐る見ると、真っ赤な顔をして口を開いた三反田先輩が私を見ていた。


「え、っと、あの、え、そんなこと言われたら、…僕の都合のいい風に解釈しちゃうけど…」

「…していただいて、結構です…」

真っ赤になった顔を隠すように下を向いて答える。
だって私は、それを、伝えに来たんだもの。

「僕は、さ。影は薄いし、不運だし。特別なにかできるわけじゃあないしで、自分に自信が持てなくて。だから花岡さんに、言うのが怖くて。でも言わずにいられなくて…あんな形で気持ちを伝えちゃったんだ。ごめんね。」

先輩がぽつぽつと呟く。その顔ははにかんでいる。ああ、こんな風にこの人は笑うんだ。
それだけ言って先輩は顔をあげた。目がそらせない。


「花岡花子さん、あなたが好きです。僕と…恋仲に、なってくれますか、」

先輩が持ってる素敵なもの、私にはわかりますよ。あなたに、あなたの魅力を、教えてあげたい。わたしがすきな。


「…はい。」

嬉しくて、色々なものが溢れそうだ。



その時、ピイッと口笛が吹いたかと思うと、浦風先輩がニヤニヤして離れたところからこちらを傍観していた。


「と、藤内っ」

「よかったな、数馬、おめでと。さーて、みんなに報告してくるか。」

「と藤内(先輩)!!!」

恋文

←TOP

×