小説 | ナノ

鈍くてしびれたような痛みが手のひらから、腕を通って、肩を通過して体に染み渡っていくような気がする。もう一度両手でグリップをしぼるように握った。弱腰になりたいのを我慢する。
平日のゲームセンターは思った以上に人が少なかった。人は少ないのに、機械は重低音を響かせてチカチカ忙しく画面が切り替わっていくから、その騒がしさがひどく虚しく感じる。
じゃあ俺音ゲーやってくるから。そう言って三之助はさっさとどこかに消えてしまった。わたしはというと、興味のないぬいぐるみやお菓子のクレーンのまわりをグルグル回りつくし、店員さえもいないバッティングコーナーで機械相手にむきになってバットを振り回している。

一番速度の遅い球を選んだのに、思ったより速い。だいたい野球なんてやったことない。さらに言うと、ルールも曖昧だ。当たっても上に飛んでいく気はまるでしない。でもむきになってやり続けていた甲斐あってだんだん前に飛ぶようにはなってきた。何もかもそこそここなせる、そこそこにしかこなせない平凡さがここで役に立った。


「下手くそ。」

聞き覚えのある声に振り返ると、音ゲーをやりにいったはずの三之助が網の向こうで笑っていた。

「仕方ないじゃん。初めてやったんだもん。」
「なんでバッティングなんてやろうと思ったんだよ。」
「そっちの音ゲーは、もういい、のっ」

ぶんと大きく振ったバットにかすった白い球が転がっていく。野球のルールがわからなくたって、これがびっくりするくらい頼りない打球だってことくらいはわかる。

「音ゲー探してたらここに居たんだよな。」
「あーそーか。そーだよね。」
「ちょっとお前さ、貸してみ。」

いつのまにか三之助はすぐそばにいて、わたしの肩に手を置いていた。ビックリしている間にボールが一球、目の前で通りすぎた。

「…ちょっと、危ないから入ってこないでよ。」
「ヘーキヘーキ。いいから下がって。」

そう言って三之助はわたしから奪ったバットを軽く手で遊ばせてから、向かってきた球を軽く打ち返した。高い音がして、ボールは遠くの壁に消えていった。思わずぽかんと口をあけてしまった。

「あーおしいな。ホームランに当たりそうだったのに。」

そう言いながらも自分の打球の当たり具合に無邪気に喜ぶ三之助の姿が、わたしの胸をぎゅうぎゅうに締め付ける。

「上手いね。」
「だろ。」

でも、彼女に見せてあげたら喜ぶよ、なんて絶対に言ってやらない。
ねえ三之助は、野球のルールも曖昧なわたしがなんでバッティングなんてしてるか、本当にわかってないのかな。

「さーて、じゃあまた音ゲー探しに行くかな。」
「待ってわたしも行ってあげる。」
「なんだよ俺の華麗なボタン捌き見たいのか。」
「うん…まあそんなとこ。それに、わたしもちょっとやってみたい。」
「お前トロそうだからどうかな。」
「わたし、諦め悪いから。できるまでやるよ。」

バットと外したヘルメットを元の場所に戻して、三之助の後を追ってまた騒がしい静寂へと戻る。
ぬいぐるみの入ったキャッチャーも、お菓子の入ったドームも、やたらキラキラしているプリクラの機械も全然興味ない。わたしが興味あるのは、あの子が絶対やらないことだけ。あの子の真似して、代わりになんて絶対になりたくないから。あの子と三之助の間に入る隙を、わたしはこうやって虎視眈々と狙うだけ。
そう、叶うまで。

「なあ、この後メシ行こうぜ。」

くるりと振り向いた三之助の顔は何も考えていないみたいで、でも考えているのか、気が付いているのか、さっぱり読めない。でも結局のところどちらでも同じなのだ。三之助の無邪気な笑顔が大好きなはずなのに、やっぱりすこしだけ挫けそうになる。未来の薄暗さに足を止めてしまいそうになる。でも止まってしまったら、もうこのむなしくて騒がしい場所にわたしの場所はないのだ。

ぎこちない笑顔で、わたしは頷いた。

からっぽドリーム

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