小説 | ナノ

お茶がいいと言ったのににこやかにフルーツオレを渡してきた花子は、あからさまに顔を歪めた僕に見向きもせず「やっぱり銭湯に来たらフルーツオレだよね!」とのたまった。そのくせ自分の手にはコーヒー牛乳の瓶が握られている。

「お茶って言っただろ。」
「お茶なかった。」
「じゃあいらなかったのに。」
「左近はもっと体に悪そうなもの飲んだ方がいい。」
「お前フルーツオレに喧嘩売ってるな。」
「そんなにフルーツオレの味方するなら飲んであげなよ。」

ぐう、と牛乳瓶を持ち上げて、泥水みたいな液体を花子はさも旨そうに飲んでいる。火照ってほんのり赤くなった頬に、生乾きの髪の毛がだらしなく貼りついている。ぶはあああ、とかわいらしくない声をあげた花子と目があった。

「のまないの?」

疑問に答えず僕は花子の唇を見た。小さな体を流れていく泥水を想像した。口のなかを漂ってつるりと喉を通り抜け、ゆっくりこいつの爪先まで満たしていくこの牛乳は、苦いようでしかしひどく甘ったるいのだろう。急に羨ましくなった。

「せめて交換しろ。」
「えー飲んじゃった。」
「飲みかけでいいよ。」

そんなにフルーツオレ嫌だったの、と残念そうに声のトーンを落とした花子の些細な落胆がちくちくと愛しい。僕は受け取ったコーヒー牛乳を流し込む。口からすぐに胃まで落ちていった。ざまあみろと思った。

「喉かわいてんじゃんか。」

皮肉っぽく悪態ついてぷいと顔をそらし、花子はチビチビフルーツオレを啜っている。そんな時にふと花子からいつもの石鹸の香りが漂ってくるもんだから、僕はどうにも落ち着かなくてしかめ面で髪の毛をいじくるハメになった。拗ねてるな。まったく、僕の気も知らないで。
しかしそれはよく見知った表情で、誰よりも僕が知っている顔だ。だってもう僕らは似てない双子みたいなものなんだから。

「もう帰るぞ。」
「まだ飲み終わってない。」
「飲んでやるよ。」

奪い取った黄色い液体も一気に喉に流し込むと、喉に甘味をへばりつけながらも胃まで一気に落ちていった。

「飲むんなら最初から飲んでよね!」
「別に飲みたかった訳じゃないし。」
「このツンツンデレデレが。」

かわいい悪口は苦笑いで流し、ほら帰ろう、と左手を出して、花子が右手を出して。外は絶対寒いよね、と花子が左手まで添えてくる。その両の手は湯に入ったばかりだというのに驚くほどに冷たかった。全てはコーヒー牛乳のせいだ。そうにちがいない。だいたい僕らの間に断りもなく入り込もうとするから悪い。

そうして今日もゆっくりと落ちていく。

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