小説 | ナノ

ふわふわな髪がゆれています。綿毛みたいな優しい顔をして、でもふせた目がなんとなく色っぽくて、ああ今日もわたしは、時友くんにつかまって、

(あ、どうしよう…もう黒板消されてる、)

一日をあっという間に、終えてしまうのです。


*


(わたしの時間、また時友くんに捧げちゃった、な)

そう思ってもいるものの、反省まではしていない。たぶんこの後も明日もあさっても、わたしは時友くんに時間をささげ続けて、一方的な押し付けの視線を送る。
時友くんが好きで、いや違う、大好きで。手が届かなくて、かなうはずないのはわかってて、でもそれで諦められるほど、恋愛は単純じゃないってこと。ぜんぶ時友くんから教わった。好きなひとのことで頭がいっぱいなんて意味がわからなかったけど、まさに今わたしは時友くんのことで頭がいっぱいで、メモ取り忘れたテスト範囲のこととか全部、どうでもよくないのによくなっちゃってる。このままじゃおかしくなりそうって思うけど、毎日せわしなく色づいて流れてく景色を、わたしはどこか楽しんでいるのだ。

ちょっと浮いてちょっと沈んで。わたしは流れて。流れて。
放課後にはふらふらと、体育館の隣の弓道場まで、流されていくのだ。



「きゅ、ちゃん。」
「…またお前か。」
「うぅ、そんな顔しないで。」

弓道場から現れた袴姿の久作が小さく溜息をついた。それでも久作はやさしいから、わたしを拒んだりしない。

「いつもの、だろ。その道場のすみに居ていいから。」
「ありがとう。」

ほら、やっぱりね。怒ったみたいに言うけど、本当はやさしい。それに凛とした袴の立ち姿はすごくかっこいい。密かに後輩の人気もすごいみたいだし、わたしにとって久作は自慢の幼馴染。久作にとってわたしは、手のかかるできの悪い妹みたいな存在なんだろうけど。

言われた通りの場所の石垣に腰を下ろす。ここは弓道場が見渡せる絶好の見学場所。そして、その向こうの体育館の扉からのぞく男子バレー部の練習風景もしっかり見える。

(かっこいいなあ、時友くん、)

ときどき現れて、ふわりと飛んでボールを追いかける姿。見ているだけでぼうっとして、何もいらなくなる。好きってもどかしくて、幸せだ。たまに目があいそうになる瞬間に慌てて弓道場に視線を戻したりなんかして、

「向こうばっか見てないでたまには弓道部も見てくれよな。目の前にいるんだから。」

そうしたらちょうど逸らした視線を久作につかまって、呆れたように笑われた。

「み、見てるよ!」
「嘘つけ。」

笑った久作がしっかりした足取りで定位置に向かう。矢を持つ。弓をひく。弓道はわからないけど。でも、構えとか動作が、すごくきれい。ふっ、とはずれた手から流れるように放たれた矢が、軽い音を立てて的に刺さった。途端に響くどよめき。久作がこっちを見て笑った。

「きゅーちゃん、すごい…」

久作がすこし得意そうに口元を緩ませた。さすがだなあ。わたしの自慢の幼馴染は。
感想をつたえようと駆け寄ろうとしたわたしと久作の間に丸い白いものが、駆け抜けた。


「わ!」

ぼん、と小さくバウンドしてころころ転がった球体。それがバレーボールだと気がついた時、草むらを駆けてくる音と、わたしの頭をくすぐる声が聞こえた。

「ごめん、怪我はなかった?」
「と、ととと時友くん…!」

わたしの全身が熱を発して一切の思考を奪う。近づいてくる時友くんを見て、わたしは硬直した。久作は小さく溜息を吐いて、バレーボールを持ち上げた。
わたしたちの前まで走ってきた時友くんは、おろおろするわたしを見てにっこりと、いつもの笑顔で笑った。

「花岡さん、びっくりさせてごめんね。」
「いや、あの、びっくりなんて、全然だいじょうぶ、です!」
「…おいしろ。ボール。」
「あ、久作もいたんだあ。」

突如として現れた時友くんにすっかりつかまってしまったわたしは、ぜんぜん思うように喋れないし。思うように笑えないし、思うように動けない。だって距離が、近すぎる。こんな慣れない距離感にいて、何か行動を起こせるわけがない。

「いたんだあ、じゃないだろ。わざとここまでボール飛ばしたくせに。」
「えーなんのこと?」
「…ま、お前が言わないならいいけど。」
「花岡さん?」
「っは、はい…!」

久ちゃんは溜息をついて、ときともくんがわたしの名前…呼んで、それでもって、そうっとわたしの耳元に顔を寄せてきて、時友くんのふわふわの髪の毛がわたしにふれてしまいそう。うそ、どうしようわたしほんとに、熱っぽくてくらくらして、おかしくなってきちゃったよ。時友くんの息づかい、音が、ぜんぶ熱を持って聞こえてくる。

「あのね、あんまじれったいと僕待ってられないかも。」
「、え?」
「というか、待ちきれなくなっちゃった。ね、体育館までおいでよ。僕がよく見えるから。」
「え、うえっ!!!」

そう言って引かれた手は大きくてあたたかくて、そして力強い。時友くんの言葉の意味をもう少しゆっくり考えたかったけど、それよりも溢れる熱で弾けそうな気持ちをどうしたらいいかわからなくて。とにかくぎゅっと時友くんの手を握りかえした。

ながされる

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