小説 | ナノ

「ねえ、…私の話、聞く気あるの?」

「…聞いてるよ。」

「うそ。さっき、逸らしたじゃない、話。」

「あー…」


三郎次が頭をガシガシとかきむしる。

「別に、めんどくさいと思ってくれてもいいけど、私の言いたいこと、思ってることわかってもらいたいから。聞いてほしいの。申し訳ないけど。」

私の声は冷静を装いつつも、装いきれずに、早口になる。

「…なんで、そう攻める口調で言うんだよ。…俺は、せっかく二人で久しぶりに会ったんだから、お前と楽しみたいだけなのに。」

彼の声が、私の心を揺らす。わたしだって、あなたと楽しい話がしたい。

でも、自分の思いを押し込めて三郎次に接したくはない。わかって、くれないかなぁ…

沈黙が、ふたりの間に続く。周りでは茶屋のおばさんが慌ただしく動き回って茶碗を片付けている。こちらには気づいてもいないようで少しほっとする。

こんな雰囲気になるほどのことじゃあなかった。二人で街をぶらぶら見て、目移りする私に三郎次がちょっと意地悪く口出しただけ。
もちろん、三郎次に悪気のないことなんて誰よりもわかっているのに、彼といるときに無理した自分でいたくないと思ってしまった。
沈黙の合間にすするお茶はもう殆どなくなって、濃い粉が静かに沈殿していく。

今になって後悔ばかりが積もっていく。いつもそうだ、私は。

「すぐに苛々するなよ。」

三郎次が先に口を開いて、小さくため息をついた。
結局私の話を聞かない彼への苛々よりも、自責の念が勝ってしまったみたいだ。
さっきまであんなに威勢よく開いていた私の口は、完全に閉じてしまった。

「もう帰ろう。」

呟かれた三郎次の言葉に、小さく頷くことしかできない。弁解すればいいのに。嫌だと言えばいいのに。
これが私の自尊心だというのなら、なんて下らないものだろうか。




* * * * * * *



昨日は結局ぎくしゃくしたまま帰路についてしまった。
ああ、こんなにめんどくさい女だなんて、と今頃三郎次は嘆いているのだろうか。嘆かれてもしょうがないけれど。
人なんて完全にわかりあうことなど無理なのだ。私と彼を同じものさしで計って要求したところで、それはただのエゴだ。
そんなの、わかっていたじゃないか。どうもカッとなると私は周りが見えない。



「…というのが、今の私の気持ちなんです。仲直りしたいのですが…どう思いますか、先輩。」

「いや、どうもこうも…」

たまたま見つけた富松先輩に私は愚痴をこぼす。
優しい富松先輩はちょっと困りながらも答えてくれる。


「直接それを池田に言って謝ればいいんじゃないか。」

「…それ以外の方法で、て言ったら怒ります?」

「なんだよ。お前結局まだ怒ってんのか。」

「違いますよ!会ったら開口一番に別れよう、て言われるかもしれないじゃないですかぁ!」

「なんなんだよ…めんどくせぇ…」

「うわ、今の話聞いといて、私にそんなこと言っちゃいます?」


はぁ、とため息が聞こえる。
…いやだ。

「…ため息、嫌いです。」
知らずのうちに言葉がこぼれていた。

「嫌いって言っても、ため息なんてこれから何百回も聞くだろ。慣れとけ。」

「慣れとけって…」

「嫌なもんから逃げても結局得しねぇぜ?」

それが言いたかったのか。先輩。
確かに、どちらかが折れなきゃいけなくて、多分それは、三郎次の性格を考えても、私の役目なのだ。

「だ、だって〜避けられたら…」

そう泣き言を言うと、頭の上に重みを感じた。見上げると、先輩がわたしの頭に手をのせて、くしゃりと笑っていた。

「やってみて駄目だったら、また聞いてやるよ。ほら、」

行った行った、と富松先輩が手をひらひらと振る。


そうまでされて行かないわけにはいかず、私はしょうがなくその場をあとにする。





謝ると決めたものの、自分に言い訳をして後回しにしている間に夜になってしまった。
明日まで待つのも嫌だし、でもこんな遅い時間に忍たま長屋を訪ねるのも気が引けて、意味もなく私は庭をうろついていた。…三郎次が都合よく出てきてくれることを期待しながら。

「…いた!花子っ!」

「ひゃっ!!!」

長屋の方ばかり気にしていた私は、突然自分の名前が呼ばれたことに驚き、すっとんきょうな声をあげる。

「なんだ、左近か…って!!ちょっとぉ!」

声の主を左近と特定した次の瞬間には、左近に腕をおもいっきり掴まれて走っていた。

「ちょ、左近、!痛いって!…なに!?」

わたしの声も届いていないかのように、彼は無言でそのまま忍たま長屋へとずんずん走っていく。

駄目だ、多分私が何を言っても左近は止まってくれない。大人しく付いていくと、左近がひとつの部屋の前で止まった。
息が苦しい。けほ、とひとつ息をして左近を見る。


「…左近、いきなりどうしたの?」

「いきなり悪い……花子、頼む。なんとかしてくれよ。俺も久作も、もうこれ以上は無理だ。」

「え?」

小声で左近が初めて説明をしてくれたが、いかんせん話が見えない。きちんと目的語をつけてくれないと、困るよ左近。

「三郎次、花子連れてきた。」

そう言って扉をガラリと開ける左近。え?三郎次?

「なっ、はっ!?お前っ!!」

扉のなかにいたのは確かに、昨日ケンカした三郎次だった。
まさかの展開に開いた口が塞がらない。
でも、三郎次を探してた私にとっちゃ絶好のチャンスだ。むしろ、ラッキーだ。三郎次も、まさか左近の前で別れ話はしないだろう。しめしめ、
という私の考えは、左近の「じゃ、」という言葉で打ち砕かれる。

「ちょ!!左近!!おかしい!そこの空気読みいらないっ!」

なんて叫ぶ間に扉はパタリと閉められる。


「…にしに来たんだよ…」

低い声にどきりとする。知ってる。これは、三郎次がものすごく、苛々してるときだ。
今日1日苛々していたんだろう。左近はそれであんなに必死だったのか。ひとり納得して、なんだか申し訳なくなった。


「謝りにきた…」

だから別れないで、とは流石に言えなかった。

三郎次がゆっくり顔をあげた。それが怒った顔ではなく、酷く悲しそうな顔で、一瞬たじろぐ。

「なんで謝るんだよ…」
「私が、自分のエゴを三郎次に押し付けたから。すぐカッとなって言葉を繋げちゃうから。」


「…花子、俺を馬鹿にしてるか?」

「え?」

「今、俺が物凄く苛ついていること、わかってるんだろ。昨日自分でお前に苛々するな、なんて言っておいて。」

三郎次の声が大きく響く。

「俺がっ、自分の楽しさを優先してお前の話を流そうとしたこともっ!俺の方が悪かったの、わかってるだろ!?」

今まで三郎次がこんなに大声を出したことなんてなかった。私の記憶の意地悪な彼はいっつもさらりと物事をこなし、落ち着いている。
どうしたのだろうか。私は、彼の何に触れてしまったのか。
困惑しながらも口を開く。

「私は、三郎次の方が悪いなんて思っていないよ。だって、私は私で悪いところがあったんだもの。どちらが、なんて話じゃないよ。昨日のケンカは、価値観をぶつけて、お互いをわかり会う機会だったんだよ。」


そっと傍によった。なぜだか今日は三郎次が小さく見える気がした。

「…花子は、馬鹿だ。」

いつもの憎たらしい台詞を少し寂しそうに言うもんだから、私はいつものように突っかかれない。

「昨日は、悪かった…ちゃんとお前の話を聞くよ。」

ばつの悪そうに三郎次が目をそらす。

「私も、もう少しおおらかに考えるよ。ごめんね。」

良かった、言えた。
嬉しい嬉しい、これで仲直り。


「…お前、ニヤニヤしすぎ。」

「だって、嬉しいんだもん。嫌われたかと思ったから…」

「ばーか。…そんなことじゃ嫌わねぇよ。」

三郎次の腕が私の体を包む。落ち着く香りが鼻をくすぐる。
ふふ、と声を漏らして、私は彼の胸に顔をうずめた。







「…久作ぅ…」

「なんだよ左近…」

「もう、僕らってなんなの?三郎次の鬱憤解消?」

「…まあ、とりあえず落ち着いてくれて良かったよ。」

「ったく、アイツも何がそんなことじゃ嫌わねぇよ、だよ。自分で落ちるとこまで落ちて、死にそうな顔してたくらいぞっこんな癖に。」

「富松先輩と花子が話してたの目撃したときなんて酷かったぜ。あの冷たい目…」

「…めんどくせぇ奴。」









「富松せんぱーい!」

「よぉ」

「仲直りできました。ありがとうございました。」

「まぁ、おめぇから謝って、できないわけねぇだろうな。」

「え?」

「富松先輩。」

「わっ三郎次、」

「そういうことなんで、よろしくお願いします。」

「ちょ、三郎次、ちかいちかいっ」

「お、おお。(…毎回花岡と話すたびに突っ掛かるの、やめてくんねぇかな…こいつが一番めんどくせぇよ。しっかし花岡が不憫だ…)」

ちりばめ

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