小説 | ナノ

「あなたは、なんていうか、そうね。まっすぐな所はとても素敵よね。それでも素直であればいいってものでもないわ。わかるかしら私の言いたいことが。」
「ハイ。わかります。申し訳ありませんでした。」

目の前に佇むシナ先生。その優しげな声が怖い。また性懲りもなくやらかしてしまった。眠いと思ってしまったが最後、次に意識を取り戻した時にはもう授業は終わっていて。目の前には先生の笑顔があったのだ。

「本当に、あの、私忍者に向いてないなってつくづく思います。すみません。」
「向いてる向いてないの問題じゃないでしょう。」
「スミマセン…」
「それに私はあなたが忍者に向いてないなんて思わないわよ。」
「え。」
「とにかく、気をつけなさいね。次やったら課題二倍にするわよ。それじゃあ。」

それだけ言い残して先生は一瞬でいなくなる。なんだかんだ先生は優しい、と思う。差し引きで。


*


「でもやっぱり忍者には向いてないと思うなあ。うん。ほんとに切に。」

私は呟いた。ひとりで、呟いた。穴の中で呟いた。だって忍者に向いていたのならまず罠になんてかからない。落とし穴なんて特に引っ掛からないだろう。

「やっぱりかかりましたね。」
「…はい。やっぱりあなたですよね綾部喜八郎さん。」
「おやまあご丁寧に名前まで。」
「あの出してくれませんか。」
「出れば良いじゃないですか。」
「一人じゃ出れないんです。手を貸してください。」
「おやまあ。」

わざとらしくとぼけながらも、綾部さんは私を引っ張りあげてくれた。ため息をつきながら汚れた服の泥を払っていると、綾部さんがじいっとこちらを見ていることに気がつく。

「あの、なにか。」
「花子さん、でしたか。花子さんは、タカ丸さんのご友人ですか。」
「…っご!」

ご友人、ご友人…!お友達…さ、寒気が…!
綾部さん、私とタカ丸さんはそんな大層な関係じゃないんです。タカ丸さんは私を奴隷かなにかとしか見ていなくて毎日私をいじかめて鬱憤を晴らすことを生き甲斐にしているような人なんです。だからご友人とか…と、鳥肌が…!タカ丸さんの「なに調子づいてんの?」っていうさわやかな黒い笑顔が目に浮かぶ。

「ええと、生易しい関係じゃないことは…確かです。でも少なくともタカ丸さんはご友人なんて微塵も思っていないと思います。」
「じゃあ花子さんはどう思ってるんですか?」
「…タカ丸さんは、ひどいひとだと思います。」
「そうですね。僕もそう思います。」
「え?」
「タカ丸さんはひどいひとですよね。」

始めて賛同者に出会えたというのに、私は驚きのあまりぽかんとしてしまってうまい同意や嬉しさを表すことができなかった。私が驚いた顔をしたのを見て、綾部さんはくすりと笑ったようだ。

「くのたまにわかる人も居たんですねえ。まあタカ丸さんのことよろしくお願いします。」
「うええそんな、なんで私が。」
「花子さんだって、嫌いじゃあないでしょう。」

綾部さんはそう言って答えを聞かずにさっさと行ってしまった。きっと綾部さんは、ひどいタカ丸さんのことが嫌いなわけじゃないんだろう。確かに私も嫌いじゃないけど。ひどい人だと思う。もっとなんていうか。こっちに向き合ってくれればいいのに、って。
そのとき前方を歩いていた綾部さんがぴたりと足を止めてこちらを向いた。

「そういえば、タカ丸さんが言ってたんですけど。」
「え?何を...」
「今日花子さんが委員会の当番に遅れたら罰ゲームとかなんとか…」
「あ、あやべさん…どうしてそれを早く…」

落とし穴に落ちていた時間、綾部さんと話した時間を加味して。これから走って焔硝蔵に向かっても既に遅れる分類には入ってしまうだろう。がっくりと肩を落とす私に綾部さんは大きな目で心なしかすこし楽しそうに「おやまあ。」と首を傾けた。
無駄なあがきと思いながらも、駆け足でタカ丸さんのもとへ走る。きっとタカ丸さんは、差し引いても優しさが負けるんだろう。だってひどいひとだから。




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