小説 | ナノ

たとえ今日が、手作りのお菓子を大切な男の子に渡す女の子が一年で一番多い日だとしても。それでも今日は数馬がつくったお菓子がどうしても食べたいのだと自分勝手なワガママ言いたい放題だった朝のわたし。
そんなわたしに、嫌な顔ひとつせず頷いてくれた、やさしすぎる数馬。

「とびきり美味しいのを作ってあげる。」

そんな彼のおだやかな笑顔と言葉を思い出し、悪いなあとつけたしたように思いながら、ルンルンと心を躍らせるやはり自分勝手なわたしは。ただ今通勤カバンをふりまわして帰路についている。
僕の方が帰宅時間が早いから、夕御飯もまかせてよ。
正味1時間くらいしか変わらないというのにそんな数馬のやさしいやさしい言葉に甘えまくりのわたしは、さながらダメ旦那である。自覚は一応持っているけれど、数馬に胃袋を掴まれてしまったからにはなすすべもないので、女のプライドと葛藤するのはとうの昔にあきらめた。きっとわたしには数馬のために他にできることがあるはず、だと思う。自信はないが、まずは信じることからはじめている。
本音を言ってしまえば、わたしだって疲れている時は大切な人の横でとびきりおいしいものが食べたいのだ。

勢いよくドアを開け放ち、大きく帰宅をさけんでみる。と、すぐにあまい匂いが出迎える。それから次にシチューの香りが全身をくすぐる。暗さに慣れていた目に白色の蛍光灯がまぶしくうつり、同時に肌が不思議なあたたかさで包まれるのがわかる。数馬のいるわたしの家に帰ってきた。そう実感できる幸せ。

「おかえり花子。」
「ただいま!お腹すいたよ〜」

おそろいで買った紺色のエプロン姿の数馬がドアからひょっこり顔をだす。わたしの頬はだらしなく緩み、足は待ちきれないというように前進しだす。じれったくパンプスを脱いだ。

「今日のメニューはなんですか?」
「シチューと、サラダと、シフォンケーキです。」
「っふふ!おいしそー!」
「はやく着替えておいで。」
「はい!」

テーブルに並びだしているとびきりのメニューたちはふわふわのくせにやけにどっしりしているように見える。滑らかな甘い匂いでわたしを誘う。数馬も完璧な笑顔をたずさえて、いつものようにわたしを溶かしにかかってくる。
駆け足で動きづらい服を脱いでストッキングを脱いで。適当に着込んでいそいそ数馬の横に腰掛ければ、数馬はまたにこりとほほ笑んだ。最初からすべて思い通りにおさまりましたと言わんばかりの完璧なとびきりが食卓に並ぶ。

「数馬さん、シチューお取りしますよ。」
「大丈夫。花子は自分のぶん取りなよ。」
「いいの、とらせて。わたしができるのは数馬をシチューをこぼす不運から守るくらいだから。はいどうぞ。」
「それはどうも。ありがとね。」
「いえいえ。…早速いただいても?」
「どうぞどうぞ。そのために作りました。」
「では失礼して!」

ささやかな言葉をかわして。
数馬のとなりの幸福、いただきます。

とびきり

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