小説 | ナノ

教室に漂う甘い香り。先ほど皆で作ったビスコイトの匂いだ。
今日は作ったものは毒入りではないから、皆は忍たまをはめられないとぶうぶう文句を言っていたけど。私にとってはそんな勇気もないし、余ったビスコイトは自分のおやつにできるからむしろラッキーだ。しかし今日も焼く時間を間違えて、シナ先生に溜息をつかれてしまった。つくづく私は忍者にむいていないと思う。
すこし焦げたビスコイトの袋を抱えて、私は火薬委員会へと向かっていた。

「伊助くんのぶん、三郎次くんのぶん、久々知先輩のぶん、土井先生のぶん…と、」

それからタカ丸さんの、ぶん。用意した五つの袋のうち、一番大きいものだ。
タカ丸さんに差し出せば「何このゴミみたいなものは。」なんて心底嫌そうな顔をして言われてしまいそうだけど、まあなんだかんだ言って櫛も貰ったし、何かしら気持ちは見せないと。...そう、たとえ櫛を贈るって行為が縁起が悪いってわかっても。うん。もう私はそれくらいじゃへこたれない。
だいじょうぶ。いただけないほど黒いものは処分したし、そんなに不味くはなかった。タカ丸さんの行動には幸か不幸かわたし自身慣れてきてしまったところもあるし、いきなり靴で踏んで粉々にされなければ平気だと思う。奇跡的な機嫌の良さで、ありがとう、なんて言ってもらえる可能性もなきにしも、あらず。
噂をすればなんとやらで、外に目を向けるとタカ丸さんが庭からこちらに手を振っているのが見えた。

「花子ちゃん。今日もかわいいね、身長が。」
「思ってもないこと言うのやめてください。」
「かわいいところ探して部分的に褒めてあげているのに何ムキになってるの。」
「ありがとうございましたー嬉しいですー」

ああ今日もいつもどおりの日常だ。もはやこれがいつもどおりになってしまった。慣れってこわい。

「あそうだタカ丸さん、ちょっと待っててください。」
「ええー高くつくよ?」
「ちょっと待つだけで高いんですか?じゃあ手短にいきますけど、これ、どうぞ。実習で作ったビスコイトです。」
「…ああ、ビスコイト作ったんだってね。僕に白々しく毒を渡すなんてほんと花子ちゃんも偉くなったよね。」
「とても私にそんな勇気はありませんから安心して召し上がってください。火薬委員の皆さんにも渡しますから毒なんて入ってません。」
「ふーん…」

口を尖らせてビスコイトの袋を凝視するタカ丸さんをビクビクしながら見つめる。袋を開けたタカ丸さんが中身をつまみ上げて一言「黒い。」と顔を歪めて言い放ち口に放り込んだ。足で踏まれて粉々にされるのは回避できたけど、流石にありがとうの言葉は無理だったか。タカ丸さん口ではひどいこと言うけど、意外と私たち仲良くなってきてるんじゃないかな…?って若干期待してなくもなかったけど、いつも通りだったみたいです。おこがましくってすみません。

「…」
「あの、どう、ですか?」

むぐむぐと口を動かして次から次へと口にビスコイトを放り込んだタカ丸さんは、袋を空にするまで食べて、ゆっくり咀嚼して、ゆっくり飲み込んだ。食べ終わるタカ丸さんを見つめていた私の視線と、タカ丸さんの視線がぶつかって、整った口元が弧を描く。

「30点かなあ。花子ちゃんにしては、良いんじゃない。」
「あり、がとうございます…?」
「うん。あ、でも30点だから。」
「あ30点で私良い方なんですね。否定もしませんけど。」
「うん。食べられるレベルだね。でも僕今丁度お腹が空いているから食べられるよ。」

そう言うとタカ丸さんは私の手からビスコイトの袋を取り上げた。

「貰ってあげる。これ、待たせ賃ね。」
「えっ!それ、火薬委員のみなさんのぶんなんですけど!」
「30点のお菓子は花子ちゃんにしては良いけど人にあげられるレベルじゃないでしょ。僕が貰ってあげるよ。だいじょうぶだいじょうぶ、お腹ちょうど空いてるからギリギリ鳥の餌にならないから。」
「何がだいじょうぶなんですか!」

それだけ言って私のビスコイトの袋を抱え、にこやかにタカ丸さんは去っていった。ちょっと待って!日頃火薬の数を数え間違えたり備品をひっくり返したりしている私の火薬委員会の皆さんへの懺悔の気持ち、が…
タカ丸さんのことだからどうせ、ほかの子からいっぱいもらったくせに。嫌がらせのようにわざわざ私のものとらなくてもいいのに。まあ、確実に嫌がらせなんだろうけど。やはり奴隷、どうあがいても奴隷、か。うん。明日も、つよく生きよう。




←TOP

×