小説 | ナノ

装束の下、白い肌に咲く赤色に、少しだけ見とれてしまった。

「思ったより、血出てるね」

やわらかい花子さんの言葉で我に返る。見とれてしまったことを不謹慎だとも思ったし、恥ずかしいとも思った。彼女の声には痛みも悲しさもなく、いつものそれである。必死に平常心を装いながら消毒をする。髪の毛の間から彼女の匂いが微かに香った。それだけで体が熱が集まるんだからどうしようもないな、と思う。

「血はすぐ止まるから大丈夫だよ。」
「ありがとう数馬くん。」
「一応、包帯も巻くね。」
「ありがとう。」

やわらかく笑う花子さんの表情を視界の端にとらえて、「包帯なんて大げさだよって言われちゃうかな。」そんな心地い良い彼女の言葉をしっかり耳で拾う。

「怪我は大げさなくらい手当したほうがいいんだよ。特に女の子はね。」
「ふふ、ほんと、数馬くんって見た目通り優しいんだね。」

花子さんの笑顔は、柔らかくて、手を伸ばしてさわったら溶けてしまいそうだ。

今日の、今このときの当番が僕で、僕だけで本当によかったと思う。そりゃ花子さんが怪我したことは全然良いことじゃないけど。保健室で花子さんの時間をこの瞬間、僕が独り占めなんて。

「はい、できたよ。」
「ありがとう。」
「…えっと、」
「…」
「もう怪我しないようにね。」
「うん。」
「…おだいじに。」

「数馬くん」の穏やかさだけ見てくれるように、ふにゃふにゃでだらしなくなりそうな顔を必死に繕った。
どこかで少しでも僕を認識してほしい。そんなわがままをずっと持ち続けて、すれ違う花子さんを見て、庭を走る彼女を見て、彼女の名前に目を留めて。日々を過ごしてきた。その願いが突然、今日、前触れもなく通じた。未だ現実感がなくて、手と声が震えそうだ。
きらきらした彼女がこちらを振り返った。

「ほんとはね、このくらいの怪我、放っておこうと思ったんだけど。」
「っダメだよ!そんなの、」
「数馬くんが当番だって聞いたから。」
「え、」
「話してみたくて。それだけで、えっと、」

心地よすぎる言葉と花子さんの恥ずかしそうな姿に、僕まで熱が上がって、眩暈がしそうなくらいだ。いや、もう既にしていたかもしれない。

「…よければいつでも、健康相談受けるし、その、穏やかで不運なお茶会やってるから、ぜひとも怪我以外でまた、」
「!ありがとう。」
「えっと、僕も花子さんに会いたいから、待ってるよ。」

余裕が欠けてたかもしれない僕の精一杯の返事に、ふわっと笑った彼女の笑顔が返されて僕はもうどうしようもなく、閉められた保健室の扉の前でうずくまり火照った頬と心臓を鎮めるのにしばらく必死になってしまった。そのおかげで、急いでやってきた善法寺先輩と見事にぶつかってしまったわけだけど、そんなのは今日の幸運に比べれば霞むくらいの不運なのだ。

ふわふわ

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