小説 | ナノ

あなたはきっと私に酷いことは言わないんだろうなぁ

前を歩く茶色の髪を見つめ、そんなことを思いながら、その数歩後を歩く。
会話のない私を心配して彼が立ち止まり、「疲れた?大丈夫?」と首を傾ける。

「ううん、大丈夫。今日は暖かいから、ボーッとしちゃって。」

適当なことを言うことが、最近上手くなってしまったな、と思う。
それが彼のせいだと言いたくはないけど。

どこかに出掛けよう、と言って出掛けた先に目的地はない。ぶらぶら、ぶらぶら、歩く。草木が揺れる。木陰も揺れる。



「乱太郎、ちょっと座ろう。」


私の言葉に彼は笑って頷き、二人で石に腰掛ける。



「たまには散歩もいいねぇ」

「乱太郎、」

「ん?」

「…距離を置きたいの。」

私の言葉に乱太郎は目を開いて私を見る。

「…どうして?」


彼は
やさしい


絶対に私に酷いことを言わない。
私がやることに頷いてくれるし
困ったときは助けてくれる


そうだよあなたは、
ずっとそうやって、私から逃げるんでしょう?

「わからなくなったの。」

何が、とは言わなかった。
彼は眉尻を下げたまま、下を向いて何も言わない。


私は乱太郎が好きだ。
好きだからこそ私はもがいてもがいて、彼の恋人になった。のだけれど。

気がついてしまったのだ。彼の私を見る視線には優しさだけしか含んでいないことに。
それでもあなたはきっと、私に別れという「ひどいこと」を告げないでしょう。だって…

視界がにじむ。



だから、私があなたのために
ひどいことを言います。

あなたが好きだから。





彼がようやく顔をあげて、何か言いたげにこちらを見た。
それからまた目をそらし、「わかった、」と呟いた。


「じゃあ、私行くね。今日食堂の当番なの。」

「あ、うん。…じゃあね。」

彼が笑った。力なく。




踵を返し、早足で立ち去る。乱太郎が見えなくなったのを確認して、泣きながら走り出す。


「ふ、…あ、ぁぁあ」

流れる滴は止まらない。

期待していた自分に気がついてしまった。
優しさを捨て去る彼を、少しだけ、期待していた。


「ばか…ばかばか…」


全部全部涙になって
彼への思いがなくなりますように、


やさしい彼を、憎めますように、


叶うはずのない願いだと知りながら、何度も願い続けずにはいられなかった。

やさしいということ

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