小説 | ナノ

「見てみろよ。」
「何を?」

「空が、青い。」

そりゃね、水に浮かぶ池田を地面から見下ろすと、空を見上げていた。
大きな湖はゆらゆらと波打つ。
水に濡れて反射する池田の髪の毛がまぶしい。

「おまえの家は海が近いか?」
「残念ながら、周りは山ばかりで。」

海を初めてみたのは最近なの、と笑いかける。

「そっか」


池田がそう返して、突然浮かばせていた体を水面下に沈ませた。

水しぶきがあがって、池田は水中に消える。
水面が穏やかになってもまだ、現れない。


「池田?」
聞こえるはずはないけれど、小さく呼びかけていた。

その途端、大きな音とともに池田が現れたものだから、
私の呟きが聞こえてしまったかと焦って。
なにやってんの、とつっけんどんな調子で声をかけた。

少し苦しそうに息をする池田は顔をあげてこちらを向いた。
そうしていつものように意地悪そうに笑う。

「海はな、俺の場所なんだ。」

池田の手で掬われた水が水面から上げた途端に滑り落ちていく。

「湖もいいけど、」



海が見たい。



そうつぶやいた池田の顔は海を懐かしむようでもなく、海を思って寂しそうにも見えなかった。
ただ、海への思いを口にして、
その目は今も存在するであろう、遥か向こうの海を見ていた。




海が見たいよ。

私も、海が見たい。


口にしたいのを寸前でこらえた。

あなたの瞳の先の海が見たい。



「さて、日が落ちる前に帰るかァ」
「あったかいご飯が食べたいな」
「おまえってご飯の話ばっかだよな」


いつかいつか、あなたと別れる日が来る前に

あなたが誘ってくれるのを

いつまでも。

待つよ

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